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天使のような悪魔な彼女(仮)

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プロローグ

天使のような悪魔な彼女(仮)

 俺は今、少女と対峙している。背中まで掛かる見慣れない銀色の長い髪、透き通るような白い肌、整った小顔に大きな蒼い瞳の端麗な少女だ。年齢は俺と大して変わらないように見える。因みに俺はその子と面識はなかった。如何に俺が学力模試で散々たる結果を残すほど記憶力に乏しい人間だとしても、民族国家であるここ日本に於いて、外国人としても珍しい銀髪少女と過去に知り合っていたら、相応の印象として残っているはずである。しかし、そのような記憶の断片すら俺には無い。だから彼女とは初対面である。
 そのような少女と人気の無いとある神社の境内にて向い合わせに立っているのだ。
 今の御時世、俺のような人間ならば、その可能性があることくらいは認識していたつもりだった。だが、やはり何処かで自分には関係の無い、縁遠い他人事のように思っていたのも確かだ。だからこうして実際当事者になると思い知らずにはいられない。自分の社会的地位というやつを。同時に言い知れぬ悲愴感が込み上げてくる。それは自分の持って生まれた運命と、それを再認識させられた事に対する嘆きであった。
 つまるところ、理解はしていたが覚悟は出来ていなかったわけである。
 俺は目前に立つ自分より小柄で華奢なその少女に精一杯の愛想笑いを振り撒きながら、数年前に受けさせられた特別講習を思い出していた。
 受講名は確か『旧人類が新時代を生き抜く為の心得』とかだったと思う。
「旧人類たる私達が交友以外の目的で彼等と接する時、私達は常に丸腰で銃を突き付けられているのと同義であると認識していなければなりません。銃火器同様、彼等の能力(力)の前に私達の腕力(力)など気休めにもならない無意味なものに他ならないからです。我々は無力です。だから、そのような事態に陥った時は極力彼等を刺激しないよう最善の注意を払いながら、迅速にその場を乗り切る為に尽力しましょう」
 そう言っていたのは元特殊部隊隊員という肩書の車椅子に乗った初老の男だった。現役当時の写真を見せられたが、そこに写る自らの足で立っていた彼は格闘家のように筋肉質な体格で、高校生となった今の俺でも腕力では到底敵いそうにないと思える姿だった。そして、それ故、その過去と相反する彼の姿と講義内容は印象的で説得力があるものであった。
 今の時代、腕力など有っても大した自慢にもならない。何せドラム缶程度の重さなら細腕で軽々と持ち上げてしまう人間などざらにいるのだから。
 触れることなく物を自在に動かせる『念動力(サイコキネシス)』、一瞬で別の場所に転移出来る、或いはさせられる『瞬間移動(テレポート)』、他にも他者の心に干渉できる『精神遠隔感応(テレパシー)』触れることで思念を読み取れる『接触感応(サイコメトリー)』など多種多様な能力。それら特殊な力は超能力と呼ばれ、それを持った人間は『新人類』と呼ばれている。
 それはひと昔前ならばSFの題材にでもなりそうな話だが、今の世にはそんな『新人類』と呼ばれる存在が当たり前のように跋扈しており珍しくもない。それがリアルな現実である。
 奇跡とも呼べる超能力を前にして腕力などという純粋な身体能力なんてものが、さして役に立たない事は疑いようのない事実であり、火を見るよりも明らかというやつで、それは現代の常識になっている。
 彼ら『新人類』は数十年前から急激に増え始めた。理由については今現在、幾つかの仮説はあるものの明確には解明されていない。一般には人類の進化が劇的に起こった程度に認識されているだけだ。まあ理由はさておき、『新人類』が増え始めたのはその頃である。
 『新人類』が現れ始めた当初、彼らの数はまだ少なく、その強大な能力故だろう、しばしば能力を持たぬ人間、所謂『旧人類』と揉める事も少なくなかったらしい。
 主な原因は旧人類の妬みによる差別的行為である。
 旧人類からしてみたら、反則みたいな能力で自分達では到底なしえないような成果を上げるのだから、嫉妬心が込み上げてくるのは当然だろう。ましてこの超能力は努力して身に付くようなものではなく、持って生まれるか、生まれないかの差であるのだ。その力に屈するという事は即ち努力を否定されるようなもので、感情的に受け入れがたい事象だったのだろう。
 それに、単純に怖いという感情も働いたに違いない。新人類に限らず、自身の力が遠く及ばぬものには誰だって怖れを懐くものだ。幾ら確率的に瑣末であったとしても、その身に降り注げば命を奪われかねない稲妻を怖れるように、いつその身を数十メートル先まで吹き飛ばすとも知れぬ『念動力』を、いつ空の彼方に移動(と)ばされるとも分からぬ『瞬間移動』を、いつ心の中身を暴露されるか分からぬ『精神遠隔感応』を、つい怖れてしまうのは自己防衛本能であり抗えないところがあるからな。
 ともあれ結果として、旧人類は次第に彼等新人類を忌み嫌い排除しようとするようになったわけである。
 では逆に新人類側はそんな旧人類をどう思っていたのか。何かと難癖を付けられ理不尽な待遇を強いられる中、圧倒的に能力の劣る旧人類から向けられる嫉妬に対し憎悪と軽蔑を懐いたであろう事は想像に難くない。初めこそ、その強大な能力故やむを得ない事と甘んじてその境遇を受け入れていた彼等であったが、次第に反感を覚える者が増えていき、やがては表立って抵抗する者まで現れるようになっていったそうだ。
 こうして自然と、大多数を占める能力的に劣る旧人類と、少数派の優れた能力を持った新人類という構図の対立が始まったのが、新人類が現れ始めて程なくしてのこと。この対立は当初かなり深刻な事態にまで発展したようで、一時は数に物を言わせた旧人類による新人類弾圧なんて物騒な事態になりかけた程だったらしい。
 だがそれも、やがて時間と共に沈静化していった。理由は簡単で勢力バランスが崩れたからだ。対立が激しかったのは弱者側である旧人類が数(勢力)の上で圧倒的に有利だった初期の話である。総人口の四十%以上が新人類となった昨今では、そんな発想は旧人類側の一部の過激派集団以外持っちゃいないのが現実だ。
 何せ今や新人類は社会にとって必要不可欠な存在となってしまったからだ。まあ、それも当然である。考えてもみろ、新人類はより優れた人種なのだ。優れた者が社会に必要とされるのは別段珍しいことでもなんでもないのだ。そりゃまあ、それが一人や二人なら、怖れて排除される事もあるのかもしれない。だがその人数が人口の四十%を超える状況となるとそうはならない。世の中には、新人類たる優れた人種が溢れているのだ。もはや排除できる数ではない。そればかりか単純な力関係を加味すれば、逆に旧人類のほうが排除されかねない状況だ。であれば、優秀な彼ら新人類を排除するよりも取り込んで活用した方が利益になる、優位性を得られる、そう考える人や企業、国が現れるのは自然な流れというものだ。まして、新人類は日々増え続けており、本当の意味で立場が逆転するのも時間の問題となっている現状とあっては、尚更そう言った考えは強くなる。世に点在する様々な組織、企業も大学も政党でさえも、今後の発展及び優位性を得るために挙ってその優れた能力を取り入れようと躍起になっている。実際に最近では新人類の待遇が旧人類のそれより上等なんて事はざらであり、そういった意味では既に立場は逆転しているのかもしれない。
 ともあれ、こうして優位性を得た優れた者である新人類が劣っている者である旧人類に嫉妬心などは懐かない。また、数で圧倒されることも無くなったので恐れを懐く事もないだろう。懐くとしたら精々旧人類が起こした過去の所業に対する憎しみか、才能に恵まれなかった者に対する憐みくらいなものだろう。だが、それすら今では時代遅れな考え方になりつつある。新人類からしたら漸く自身の個性を活かせる世の中になったのだ。放って於いてもいずれ殆ど居なくなるであろう旧人類など無視して、未来ある自身の為に心血を注いだ方が遥かに建設的との結論に至ってきたのだ。
 要するに新人類は能力のみならず人数の上でも優位性を築きつつある現在において、十分な社会的地位を確立できた結果として旧人類との対立理由を失った。また旧人類側は旧人類側で唯一の強みであった数的有利の消失により、対立意欲を維持するのが難しくなった。結果として、新人類と旧人類が対立する必然性が失われ、対立構造は自然消滅のような形で収束していった、ということだ。
 まあこれが新人類と旧人類の対立状況の推移である。
 尤も―――これは表向き語られる通説でしかない。実際には勢力を増した新人類に、今度は旧人類が苦汁を嘗めさせられる機会が増えているというのが実情である。つまり立場が逆転したわけだ。
 まあ、これも当然と言えば当然の流れであろう。
 繰り返すようだが、新人類は旧人類には無い技能(スキル)を持っていて、それは即ち両者間の優劣を意味しているのだ。そしてその両者の間に存在していた社会的差別化が無くなったという事は、両者の査定基準が統一された事を意味しているのだ。
 先にも述べている通り、新人類は社会にとって必要不可欠な存在になった。それは社会が欲するのが、常に『より優れた人材』であるからだ。査定基準が統一された現在、需要が多いのは必然的に新人類になる。
 そして、それはそのまま旧人類の需要の激減に置き換える事ができ、需要のない人間の末路がそのまま旧人類のそれに当てはまるようになったわけである。
 つまるところ旧人類には世知辛い世の中になってしまったのだ。
 今や何もかもが新人類中心に進み、新人類の為に存在するといっても過言ではない社会。最早新人類という言葉すら使われなくなりつつあるくらいだ。そこでは当然のように超能力が横行し、その能力値の高さが人間としての価値を大いに左右する。その結果、腕力や走力といった身体能力の高さなど、この社会を生きる上では気休めにもならない些末な才能に成り下がってしまった。
 それが今という時代だ。
 で、俺が今置かれている状況だ。俺は今、少女と対峙している。華奢で小柄な女の子。だが、現代において見た目の貧弱さなど相手との力関係を量る上で何の意味もなさない。真に注意すべきは相手が能力者かどうかであり、どのような能力を有しているかである。
 そして目前の彼女はつい今しがた手も触れずに地面を数メートルに渡り掘り起こしてみせた。「喉が乾いた」との短絡的な台詞と共に。
 そう、俺が今置かれているのは、時折ネタ不足のワイドショーでたまに取り上げられる事がある、能力者による無能力者からの強奪、所謂「旧人類狩り」に遭っているという状況であった―――――

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天使のような悪魔な彼女(仮)

 四月某日。
 漸くこの地方にも遅ればせながら桜咲く季節というやつがやって来た。とは言え、まだまだ心地良い日差しとは裏腹に、駆け抜ける空気の流れには春風とは言い難い冷たさが残っていたりもする。この国においては比較的標高の高い地域なので、そのせいもあるのだろう。
 ここは島国日本において数少ない海に面さぬ内陸県、そのまたさらに中心部に位置する四方を山に囲まれた盆地の上に形成された街である。まあ、だからといって特別な何かがある訳でも無い、よく有りがちな田舎町だと思う。敢えて特徴を上げるとしたら近くにそこそこデカい湖がある事くらいだろう。
 そんな在り来りな田舎町で生まれ、在り来りに育ってきた俺だが、残念なことに在り来りな能力には恵まれなかった。
 この時代における在り来りな能力とは、もちろん『超能力』の事である。
 そう、俺は超能力を持たない無能力者。今という時代を生きるには余りにも嘆かわしい境遇の旧人類というわけだ。
 今や人類の四十%以上が超能力を持っている―――と言っても、これは端に総人口における超能力者の割合に過ぎない。そもそも超能力者というのは、ほんの数十年前から徐々に増え始めた連中である。決してある日突然、多くの超能力者が生まれたというわけではないのだ。年を追う毎にその出生率が増えていき、結果として今現在、四十%超という数字に達したのだ。そしてそれは数十年前という比較的短いスパンでの出来事である。なので年齢層が低い程、その年代における超能力者の割合は多く、年齢が高いと割合は少なくなるのである。加えて言うと、高齢化が進んだこの時代、まだこの超能力者が現れ始める前の世代、所謂『旧世代』も多く存命しているのが現状で、そんな中での四十%超という割合である事を忘れてはならない。つまるところ、俺くらいの年代ともなると、その割合は九十%に迫る勢いで、ぶっちゃけ旧人類である無能力者なんてのは既に希少な存在になっているというのが現状だ。実際、俺の周りの同級生も殆どが能力者で、無能力者の同年代なんてのは数えるのに片手で事足りる程度しかいない。
 このような将来的に能力者だらけになるであろう事が容易に想像できる社会において、それを持たぬ劣等種たる旧人類が自身の華々しい未来などそう易々と想像できるものではない。何せ、今や大学入試や就職に限らず何処も彼処も超能力有りきで成り立っている部分が多いからだ。そこへ俺のような無能力者がのこのこと顔を出しても、歓迎される訳がない。現に進学率も就職率も能力値の高さにほぼ比例するというのは統計としてはっきりと示されているのだ。本当に無能力者には世知辛い世の中である。
 特に何が一番辛いかといえば、学力や体力と違って努力してどうにかなるものではないという点だ。学習時間を増やせばテストの点は上がるかもしれない、毎日走り込みをすればマラソン大会で上位入賞できるかもしれない、だが超能力というものは如何に努力しようとも基本的に身に付くものではない。『持って生まれた才能』の部類に入る代物なのだ。無かった時点で諦めるしかないものなのだ。
 はっきり言って旧人類というのは今の時代、生まれ持っての負け犬である。実にに嘆かわしい存在なのである。
 そして、そんな嘆かわしき旧人類たる俺は本日、高校生活初日にして早々にテンションがた落ちでの下校を余儀無くされていた。
「くそっ、全てこいつが悪い!」
 俺は手に持った薄っぺらなプリント用紙をジロリと睨みつけていた。安っぽいA4用紙の冒頭には温かみの全く感じられない明朝体文字で『能力指数測定検査結果』と印刷されている。それは超能力の力量測定の結果が書かれた用紙だった。
 能力指数というのは読んで字の如く超能力の能力度合いを示す数値で、中央値を百として標準得点で表されている。早い話が知能指数の超能力版というわけだ。そして、この数値こそが現代社会の各方面に於いてもっとも重視される要素でもある。知能指数同様に百前後の数値でだいたい平均レベルの能力者とされ、それを越えて数値が上がる程より強力な能力者とされている。百二十越えで優秀者、百五十越えで秀才、百八十を越えようものなら天才と言われ持て囃されるといった具合だ。だから今では学力以上にこの能力向上が責務とされ、超能力専門の訓練塾なるものまで数多く存在する程だ。
 そんな事情もあり様々な場所で定期的に能力指数測定が行われているのである。
 で、今回渡されたのは、学校側が入学志望生徒の能力値把握目的で入学試験と同時に実施した測定検査の結果だ。
 そして総合能力値二十六、これが今測定における俺の能力値であった。相変わらず典型的な無能力を示す、二十と三十の間の数値。生まれてこの方、俺の能力値はこの辺りを小刻みにしか変動した事がなく、無能力者として実に見慣れた数値だった。
 とは言え、別にこの数値を見て気落ちしているかと言えば、決してそうでもない。前にも述べたように超能力とは生まれもっての才能。それを持たぬ者がある日突然それに目覚めるなんて事は、略皆無である。無論、過去にはそのような事例も幾度かはあったが、それは単純に検査システムの不備による見落としが主な原因である。そして、システムが発達しそのような見落としも殆ど無くなった今、起死回生の奇跡が起きる可能性は極めて低い。故に俺は端から期待などしていなかったのだ。期待していないのだから、それで気落ちするはずもない。
 なので、俺が気落ちしている理由は他にあった。
「くそっ、何も入学初日にこんなものよこさなくていいのに」
 俺は改めて自分の総合数値を睨み付け、結果表をがさつに折り畳み鞄の奥に押し込んだ。
 そう、こんな高校での新生活幕開けにおける仲間との初顔合わせ、入学式当日に能力測定結果(こんなもの)を配られたのが真の原因だ。こんなタイミングで能力測定結果(こんなもの)を配るなんてのは、クラスメイト全員に、周囲の者の数値に興味を懐けと促しているようなものである。そして、そのような環境下に置かれた無能力者である俺がどのような負い目を被るかは、火を見るよりも明らかというやつだ。
 俺は中学の時同様に、クラスメイトから珍獣でも発見したかのような奇異と侮蔑と哀れみの織り混ぜられた居心地の悪い視線を浴びせられる事になってしまったのだ。
 無論いずれはそうなるであろう事は覚悟していたさ。長年に渡りそのような負い目にあってきたので耐性も備わっているつもりだ。それでも、やはりあの親しみの籠っていた視線が瞬く間に失われ、皆の心がみるみるうちに遠ざかっていく感覚だけは未だに慣れることが出来ないのだ。
 しかも、それがよりにもよって高校生活の初っぱな、晴れの舞台とも言える入学式と同日である。新たなる希望の門出などあったものではない。寧ろ、己の運命をまざまざと見せられる格好となり、絶望の門出と化したのだ。めでたい席での不幸というやつで、殊更精神に堪えるというものだ。
 俺は鞄に結果表を仕舞い終えると「ふぅ」と肺の空気を吐き出した。こんな事をしたところで心の陰りが晴れるわけもないのだが、気休め程度にはなる。なので、嫌な思いを少しでもまぎらわそうと、俺はもう一度項垂れるように大きく息を吐き出したのだった。

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天使のような悪魔な彼女(仮)

 田舎の電車は本数が少ない。乗り遅れれば三十分はおろか一時間待ちだってざらである。にも関わらず俺はわざわざ途中下車して、本来ならば素通りするだけの街に降り立っていた。そこはちょっぴり廃れた、どこにでもあるような田舎町。そんな場所にわざわざ途中下車して訪れたわけだが、特に理由があったわけでもなかった。所謂それは道草と言うやつで、道草とは往々にしてそういうものである。まあそれでも如いて挙げるとすれば、「時間に余裕が有ったから」と「気を紛らわしたかったから」という事になるのだろうか。
 本日、学校行事における予定というものは、ほぼ入学式オンリーであった。よって全行程の終了をもってしても、随分と日が高いうちにその身は解放されるので暇を持て余す事となるのだ。まあ本来ならその猶予は新たな級友との親交を深める為に使うべきなのだろうが、生憎と無能力者たる俺はその限りではない。周りの人間は俺を蔑む対象としか見ていなく、俺はそれを過去に嫌と言うほど味わってきて知っているのだ。実際、クラスで隣の席になったのが学年内でも指折りの美人と噂される女子であったが、会話どころかまともに顔を見る事も無かったし、向こうからそれを促される事も無かった。いや、そればかりか意図的に視線を逸らされている感じさえあったくらいだ。
 そんな空間に俺が居座ったところで、お互いに居心地が悪く辛いだけである。よって気の合う仲間同士、進行を深めるために声を掛け合う級友たちの姿を尻目に、俺は早々に教室を立ち去っていた。
 そうした無能力者特有のぼっち事情もあり時間的余裕が人一倍多くなった俺は、自宅に直行しても特にやることも無いので、気晴らしを兼ねてぶらり途中下車の旅と洒落込むことにしたわけだ。
 で、本来なら素通りするような駅に降り立った俺が一路目指したのは、この辺ではそこそこ有名な神社である。無論その場所を目指したことに理由などは特に無い。道草だからな。それでも敢えて理由を挙げるとしたら、世の無常で荒んだ心を紛らす常套手段だからという事になるのであろう。今後の高校生活が少しでも向上するよう祈願する、神頼みぐらいしないとやっていられないと、ふと思ったのだ。
 駅から神社まではそう離れていない。一通り愚痴をこぼし終える頃には目の前に立派な石造りの鳥居が姿を現していた。如何にも年季が入ってそうな、やや黒ずんで見える鳥居。由緒ある神社に相応しい出で立ちであった。
 俺はそんな歴史を感じさせる鳥居を早速潜り先へと進む。境内は四方が林で囲われており、神社特有の雰囲気漂う神聖空間が広がっていた。日差しが木々に遮られ、昼間だというのに薄暗ささえ感じる。時折吹く風が先程よりも冷たく感じられる様は、如何にもここが外界から隔絶された特別な場所であると語っているようであった。
 そんな境内には人の気配が無く、さわさわと草木の擦れる音の他は時折響く鳥の囀りくらいしか聞こえてこなかった。平日の昼間ということもあるだろうが、全国でもそれなりに名の通った神社としては些か寂しすぎる光景だ。
「そうか、今はこっちじゃなかったっけ」
 俺は思い出したかのようにポツリと漏らした。
 実はここの神社は一キロ程距離を隔てた先に同じ名前のものがもう一社ある。分社とは少し異なり、これらは二つセットで一つの神社という側面をもっている。更にこの神社二つに対して御神体は一体という特殊な事情も持っており、それ故ここの神様は特有のローカルルールに乗っとり半年毎両神社を行き来しているという設定になっているのだ。そのため今の時期、御神体はもう一方の社にあり、こちらの社は蛻の殻状態という事になっていたのだ。誰だって神様が在宅中の社に参拝したいと思うもので、必然的に留守宅であるこちらの社は人の往来が極端に減っているという訳だ。
 やれやれだ。思いつきの目的とは言え、その大前提が崩れてしまった。完全に無駄足である。静まり返った境内で季節外れの木枯らしに吹かれながら、俺は項垂れるようにガックリと肩を落とした。
 とは言え、折角ここまで来たのである。このまま何もせずに帰るというのも気が引ける。然るに俺はとりあえず参拝だけはしようと拝殿に歩み寄り、財布から五円玉を取り出すと賽銭箱に投げ入れるのだった。幾ら不在とは言え仮にも神である。僅かな距離しか離れていない別宅での願事の一つや二つ聞き届けるのは造作もないだろ、とヤケクソ気味だったのはここだけの話である。
 「(どうか月並みの高校生活が送れますように)」
 俺は心の中でそう願いながら手を合わせた。
 人気の無い境内を春風が寂しく駆け抜ける中、数秒ほど祈りを捧げた後、俺は「はぁ……」と乾いた息を吐き出しながら肩を落とした。誰もいない、神様すら留守の神社で神頼みしているのだ。冷静になって考えると、なんと虚しいことであろうか。今更ながらそこに気付き落胆したわけである。
 一種の賢者タイムに至ったと言うやつで、俺は早々に自宅への帰宅を決意するのだった。 
 虚しい努力はどこまで行っても虚しさが付き纏うもの。物心ついた時から俺はそれを嫌と言うほど味わってきた。やはりこういう日はさっさと家に帰ってじっとしているのが、一番ダメージが少なくて済むものだったのだ。誰もいない、神様すら留守の静まり返った社内。そこで寂しさ故に悟に至った俺は吐き捨てるように今一度息を漏らすと、反転して足早に拝殿を後にするのだった。
 その時である。
「おい、そこのお前!」
 静寂を破り、俺は背後からの甲高い声に呼び止められた。
 俺は思わず飛び跳ねそうになるくらいビクッと体を震わせて立ち止まった。
 今、俺は拝殿を背にしている。そこは寸前まで俺がひとり寂しく神頼みをしていた場所だ。そして俺がそこを離れる際に入れ違いに誰かが来たなんて事はなかった。つまり本来ならばそこには誰もいないはずで、そこから誰かに声を掛けられるなんて通常ありえないのだ。完全に不意をつかれた形となり、仰天したのである。
 もっとも、だからと言って取り乱すまでには至らなかった。今は超能力が闊歩する世界である。あり得ないような事が起こったところで、無闇にはしゃぐような時代ではないからだ。
 すぐにそれが超能力者であると察した俺は、振り返って声の出所を確認する。
 すると、そこにはいつの間にか少女がひとり佇んでいた。背中まで伸びた艶やかな銀髪、小さな顔にきりっとした大きな蒼い瞳、肌の色はくすみの無い白色に近く、華奢な身体つきの少女だった。そんな少女が洋服とも和服ともとれない奇抜な白い服を身に纏いこちらをジッと見ていたのだ。服装は元より、その容姿は典型的な日本人のそれからは逸脱して見えたが、思わず目を奪われるような不思議な魅力が備わっていたのは確かだ。特に薄暗い境内で、光るように浮かび上がる白を基調としたその姿は神々しくすら思える程に神秘的であった。
 図らずも俺は暫く少女の姿に見入ってしまった。
「おい!」
 我に返ったのは再びそんな声をかけられてからだった。声を掛けたのは勿論目の前にいるその少女で、その声は先程と同じものだった。つまり先程、俺を呼び止めたのは間違いなくこの少女だという事だ。
「あ、あの……、何か……?」
 俺は照れ隠しもあり、狼狽しながら言葉を返した。
 相手は能力者と思われる。どういった能力かまでは分からないが、少なくとも俺の背後を簡単に取ることが出来る程度の能力は有していると見うべきだ。幼き日、車椅子の元老兵にレクチャーされた、能力者との対峙が丸腰で銃を突きつけられているのと同義だとするならば、即刻この場を離れる事に心血を注ぐべきなのであろう。実際、過去に俺も何度かそうして難を逃れた事があるし、そうせずに酷い目にあった事もあるからな。
 しかしながら俺はそんなセオリーとは裏腹に、恐れを懐きながらもその場を離れる事に抵抗を感じていた。
 だがそれも仕方なかろう。相手は見知らぬとは言え少女、しかも目鼻立ちの整った自分とそう齢が変わらなく見える異性なのだ。そんな所謂美少女というやつに声を掛けられれば、決断に迷いの一つや二つは生じるというものだ。無能力者と言っても人間には変わりない。人並みに欲望も欲情も備わっている。唯でさえ思春期真っ只中という年頃な上、無能力者として奇異な目で見られ敬遠されることが多い俺である。多少ぶっきらぼうな口調とは言え、このように相手の方から、しかも美少女からフランクに声を掛けられる事などレア中のレアなのだ。そんな過去に例を見ない特異状況なのだから、否が応でも期待し希望を懐いてしまったというわけだ。
 期待と不安の織り交ざった俺の返事に対し、少女はほっこりとした笑顔を覗かせた。
 見目麗しき少女から向けられた笑顔。なんだか良さげなその雰囲気に期待が一気に膨らんだ。
 だがしかし、その期待はすぐに揺らぐ事となる。
「ょしゃっ! やはり日本語を選んで正解だったな。さすが私だ。冴えている!」
 少女が右拳を握りしめながら、独り言のようにそう呟いたのだ。
 断っておくが俺は典型的な日本人顔である。今まで外国人に見間違えられたこともないし、そんな話題をふられた事も無い。勿論、実際に戸籍上でも血縁上でも、紛うことなき生粋の日本人だ。
 なので、少女の言葉に違和感を覚えずにはいられなかった。
 俺がやや困惑しながら少女の様子を窺っていると、暫くしてその視線に気付いた様子の彼女は、握っていた右拳を慌てて口元まで運び不自然にコホンッと咳払いをした。
「今のはこっちの話だ。気にするな」
 少女の言動に、より一層猜疑心を募らせた俺は、
「それで、俺に何か用ですか?」
 改めてそう訪ねた。
「ん? ああ、そうだった!」
 少女はそう言ってやたらと宝石みたいに煌めく瞳を見開くと、そのまま俺の顔を覗き込んできた。そして、思わずたじろぐ俺に向かって淡々と訊ねてきたのだ。
「お前、金は持っているか?」
「は?」
 思わず反射的に訊き直してしまった。
「だから、金だよ金。通貨は持っているのかと訊ねているんだ。惚けても無駄だぞ、既にお前が月並みに日本語を理解できる事は判明しているのだからな」
 別に惚けている訳ではない。言われた言葉の意味も理解できている。ただ、言葉の意図が分からなかったのだ。初対面の相手に会って早々に所持金の有無を問うその意図というやつをな。大体、日本のど真ん中で典型的日本人を捕まえて、日本語が解らないと惚ける奴なんて普通いないだろ。その辺含めて意味がわからなかった。
「なぜ、そんな事訊くんですか?」
 俺は当然の疑問をぶつけるが、
「質問に質問で答えるな!」
 言い終わるよりも早く少女にそう言って打ち消された。
 俺は些か腹立たしさを覚えずにはいられなかった。
 客観的に見ても、少女の発言内容が常識から逸脱しているのは明白だ。そして、俺はそこから来る一抹の疑問を投げ掛けたまでなのに、この言われようは理不尽だからな。
 俺は思わず、このたった今会ったばかりで見ず知らずの少女を怒鳴りつけそうになる……も、寸でのところで止まり素直に質問に答えた。「それなりには持っていますけど」と。
 これは単に俺が他人を敬える良識ある人間であるからに他ならない。一見すると非常識に思える事だとしても、実は何らかの意図や退っ引きならない理由が隠れていたなんて事は往々にしてあるものだ。上部だけ見て頭ごなしに何でもかんでも否定するものではないと、月並みの良識を持ち合わせているからに他ならない。
 だから、間違っても反論しようとした際に、血に餓えた獣の如き鋭い眼光を向けられたからではなかった。決して鋭利な刃物のような殺気に満ちた視線にビビった訳ではなかったのだ。いや、マジで。
「で、いくら持っているんだ?」
 少女の問いはさらにエスカレートする。
 流石にこれは、と躊躇いが生じた。何らかの意図があるにしても、初見の他人相手に安易に述べる事ではないからな。
 よって俺は勿論…………素直に答えた。
 いや、無論多少は抵抗しようとしたさ。だが、無理だったのだから仕方がないのだ。何せ少女の交渉術が実に巧妙で、俺に抗う隙を与えてくれなかったのだからな。決して、睨み付けると従順になる俺に気を良くした少女が、事ある毎にそれを繰り返してきたからではない。飽く迄も、その巧みな話術に翻弄されてしまったからであって、俺がヘタれだからではないのだ。この辺は念を押して主張しておきたい。
 とにかく、俺は自身の財布の中身を一円単位まで克明に報告した。
 すると、少女はニッコリと笑みを浮かべ、こう言った。
「喉が乾いた。何か飲み物を買ってこい」
 可愛い笑顔とは裏腹に、何ともドス黒さ漂う台詞だった。思わず俺は口を噤んでしまう。
 だが、そんな俺の事などお構いなしに少女は「そうだな、今日は陽気も良いことだし、炭酸の効いた爽快感あるやつを買って来てくれ」などと好き放題言っていた。
 ともあれ、これで少女が執拗に俺の所持金を確認したがった理由と、終始高圧的態度だった事の裏に隠されていた真相というものを知ることが出来たのは確かだった。
 つまるところ、これはあれだ―――
 完全に〝カツアゲ〟だ。
 俺は胸中でその不幸な現実を示した言葉を叫び項垂れた。そして淡い期待を懐き逃走努力を怠った自身の愚かな判断に後悔した。
 相手は華奢な体格の少女である。一昔前ならば、反旗を翻しシカトか逆ギレでもすれば済んだ話だろうが、超能力が跋扈する現代においては、そうもいかない。無能力者にとって超能力というのは銃器にも勝る凶器と成り得るものだからだ。そこに見た目のひ弱さとの関係性はなく、故に皆一様に警戒が必要なのだ。実際、俺の記憶が正しければ、例の元特殊部隊隊員講師を車椅子生活に追いやったのは確か小学生という話だったし、かくいう俺も幼稚園児が能力を暴走させて大の大人を吹き飛ばしてしまい、あわや大惨事という場面に居合わせた事がある。要するに無能力者たる俺に残された選択肢に逆らうという文字はないのだ。これが嘆かずにはいられるか。
 ただそれでも、理不尽な要求に無条件で屈服する事には自尊心を持つ人間として、どうしても抵抗が伴うもの。俺は感情にかられ自身の誇り高き尊厳を少しでも保とうと僅かばかり渋ろうとしてしまう。
「あの…… 余りに唐突過ぎて言っている意味がよく理解出来ないのですが……」と。
 だが、これが悪かった。
「だから、喉が乾いたと言っているん―――」
 少女は眉根をピクつかせてニッコリと笑い、ゆっくりとした口調でそう言いながら静かに右手を振り上げると、語尾の「だ!」という声と共に勢いよくその手を降り下ろしたのだ。
 同時に体の芯を震わす雷鳴の如き轟音が周囲に響き渡った。思わず両手で耳を覆いたくなるような轟音だった。だが、俺の両手が覆っていたのは耳ではなく顔である。それは轟音と同時に砂塵が巻き上がったかと思うと、日常生活では先ず体験する事のないような烈風が襲い掛かってきたからであった。
 唐突に起こった異常事態。俺はその場にいながら何が起こったのか解らなかった。砂塵を含んだ激しい風が自身の体を打ち付けるのを感じながら唯一理解できたのは、ただ事ではない何かが起こったという事だけであった。
 暫くして、烈風と共に降りかかってきた無数の砂粒がある程度収まり、顔を覆っていた手を退けた時、俺は漸くその何かを知る事となる。
 恐る恐る手を退け再び少女の方を見た時、真っ先に目を奪われたそれが全てを物語っていたからだ。
 未だ周囲に漂う粉塵の隙間から俺の目に飛び込んできたもの、それは直径二メートル程、深さも一メートル以上は有ろうかという地面に開いたすり鉢状の大きな穴だった。先程までは無かった穴。それが、少女の振り下ろした手の先にポッカリと開いていたのだ。
 状況と経緯を見る限り、その穴を開けたのが少女であろう事は疑いようがない。俺の脳裏に真っ先に過った言葉が「やばい!」であったのは言うまでもなかった。
 絶句する俺に改めてニッコリと満面の笑みを見せる少女。俺の危機感が一層募る。
 筋肉ムキムキのマッチョな傭兵ですら両手を上げて降参するであろう、この状況。戦闘経験ゼロの俺が取る行動は一つしかなかった。
「や、やだなー、落ち着いて下さいよ。勘違いさせてしまったみたいですが、俺が訊きたかったのは、具体的にどん……どのような炭酸飲料を御所望していらっしゃるのかということですよ。決して買い出しに行くのが嫌だとか、そういうわけではございませんのです、はい」
 必要以上に敬語を織り交ぜながら、俺は必死で少女に異論がない事を主張した。
 すると少女は今一度ニッコリ笑みを浮かべ、「だよな」と満足そうに言った。
 俺が愛想笑いを返すと、少女は気を良くしたのか、少し饒舌気味に語り出した。
「まったく、それならそうと早く言えばいいものを。危うく勘違いから怒りに任せて一、二発ぶちかましてしまうところだったぞ」
 既に一発ぶちかましているだろ、なんて事は口が裂けても言えないので、俺は無言で相槌をする。
「いいか、こう見えて私は今、正直機嫌が良いとは言い難い。そして私の機嫌の更なる悪化はお前にとって、延いては人類全体にとって大変由々しき事態と言っても過言ではないのだ。だから、今後はそういう紛らわしい事をしないように然と心掛けろよ」
「ですよね……」
 調子を合わせそう言いながら、言葉とは裏腹に内心で俺はやはり不満と憂鬱さに苛まれていた。少女に対し「お前の機嫌なんか知ったこっちゃねえ」なんて思うのは当然の事として、それが人類の危機に繋がるかのような言い様だったので、気が引けていたのだ。軽々と地面を抉って見せたのだから能力が高いのは認めるが、それが人類全体に影響を及ぼす程とも思えない。どうやら少女は典型的な自己陶酔型の人間のようだ。
 能力指数絶対主義へと進む社会において、この手の輩は珍しいという事もない。特に優秀な能力者が諸々開発設備が整っている都会の学校へと挙って編入していってしまうような片田舎では、こういった勘違いした学生が多いのだ。所謂、井の中の蛙と言うやつで、競争相手の極端に少ない環境に置かれた精神的に未熟な高レベル能力者が、狭い地域での優越的地位を世界基準だと錯覚して粋がってしまうのである。
 もっともそんな勘違いすら許されない無能力者たる俺からすれば、それすら羨望の眼差しを向けたくなるものである。然るに気をつけなければ、哀れみに妬みが混じり「たまにいるんだよな、ちょっとばかり能力指数が高いからって、自分の事を特別視するイタい奴が」なんて心中で漏らしながら、思わず溜め息を漏らしてしまうものである。だが、これは絶対に避けねばならない。何せ無意識の内にしてしまった事だからと言って、相手がその愚行を大目にみてくれるとは限らず、まして間柄が無能力者と能力者の場合だと、それが致命的結果を生むことになり兼ねないからだ。
 こんな風に。
「お前今、私の事をイタい奴とか思ったろ?」
 疑うように目を細めた少女が急速に詰め寄ってきて、俺の顔を覗き込んできた。
「や、やだなー、そんな事は思っていませんよ」
 危機を察した俺は即座にそう切り返したのだが、
「嘘をつくな」
 少女にはバレバレの様で、不信に満ちた顔をより一層近づけてくる。
 鼻先まで近づいたその顔に俺はその身を硬直させた。
 それは当然ながら先程の威圧のせいでビビっていたからであったが、少女の顔が急接近したからでもあった。
 吐息が感じられる程近づいた少女の小顔と漂ってくる甘い香りに、俺は恐怖しながらも、それ以上に気恥ずかしさと緊張を覚えていたのだ。
 こうなっては、容易に気の利いた返答など出来るものではない。黙ったまま動けない俺と、そんな俺に真意を問いたい少女。終わりの見えない睨めっこが暫く続きそうだった。
 そんな奇妙な睨めっこに終止符を打ったのは、少女の方だった。
「まあいい」
 そう言って少女は殊の外あっさりと身を引いたのだ。拍子抜けしたのは確かだが、正直、俺は安堵した。無能力者と能力者という関係上、瑣末な因縁が命取りに成り兼ねないからな。
 そんな俺の気持ちなど知る由もないであろう少女は続けざまに、「さっさと買ってこい」と無愛想に口を尖らせながら追い払うように手の平をヒラヒラと振った。
「あの…… まだ具体的に何を買ってくればよいのか、訊いていないのですが……」
 そのまま言う通りに即時行動へと移すべきだったのかもしれないが、俺は恐る恐る訊ね返した。
 妙な方向に話が逸れてしまい忘れられてしまったらしいが、俺が元々訊いた事(にしたの)はこれである。このタイミングで話を蒸し返すのはリスキーで少々気が引けたが、それも仕方がない。この手の輩はちょっとした不手際で容易に機嫌を損ねてしまう恐れがあるのだ。そして、そこではしばしば常識というものが無視されてしまうもので、少女が俺の質問にうっかり答え忘れたからといって、適当に見繕って持って行ったら何を言われるか、元い、何をされるか分かったものではないという事だ。現に先程、俺が至極真っ当な理由で少しばかり口答えしただけで、少女は地面を抉り取ってしまったわけで、そこに彼女が答えなかったから、などという言い訳が通用しないのは明白であろう。
 後の惨事を避ける為、今は多少危険(リスク)を冒しても適切な情報を得なければならない。つまりは、そういう事だった。まあ、いくら何でも買い出し(要求)を満たすまでは流石に殺される事も無いだろう、との算段があっての話ではあるがな。
 案の定、少女は少しムッとした表情を見せはしたが、自分のうっかりが原因という事もあるのだろう、口を尖らせながら横目でこう言った。
「ビールに決まっているだろ、そんなの」
「ビール!?」
 俺は素っ頓狂な声をあげる。まさか要望の品が酒だとは想定していなかったからな。確かに炭酸の利いた爽快感ある飲み物には変わりないが、飲み物と言われ普通は酒なんかを連想しないだろ。そりゃ、俺が無類の酒好きというなら話は別だが、生憎にも列記とした誠実な未成年である。そんな発想は今し方実際に少女から言われるまで思いつきようがない。そして、それが普通であろうに。
 だが、少女はそんな俺の考えの更に上を行っていた。
「そうだ、ビールだ。本当はドンペリと言いたいが、お前の手持ちでは流石に手が出んだろ。だから思い切り妥協してやっている。有り難く思え。あぁ、だからと言って発泡酒はダメだぞ、ビールな」
 それを聞いた俺は、文字通り絶句した。
 そして同時に考える。成り行きとは言え、俺が訊かなかったら一体どうなっていたのだろうか、と。俺が当たり前のようにコーラやサイダーを差し出したら、やはり少女は激怒したのだろうか。その場合、俺にはどんな制裁が加えられたのだろうか。考えただけでゾッとする。
 ともあれ望みの品が分かったのは確かだ。あとは言われた物を買ってくるだけである。だが、そこにはそこで問題があるので困ってしまう。果たして未成年の学生が白昼堂々と酒を買うという行為が世間的に許されるのだろうか。大都会ならいざ知らず、ここは過疎化の進む田舎町。高校の数だって高が知れている。大抵の大人は制服を見ればそれがどこの高校のものか分かるというものだ。そんな田舎(所)で制服(こんな格好)して昼間(こんな時間)に酒なんか買いに行ったら、どうなるものか分かったものじゃない。学校が特定され、高校名付帯で生徒が下校途中に飲酒、そんな噂があっという間に広範囲に広まる事だって十分にあり得る。田舎での噂の広がり方は尋常ではないからな。そして能力的にも学力的にも振るわない俺のような人間に対し、昨今の世間は容赦がない。万が一、名前まで漏れようものなら、入学早々停学なんて事態も往々にして有りうるというものだ。
 そうなれば唯でさえ無能力者として肩身が狭いのに不真面目な烙印まで押される事となる。益々俺の未来に陰りが見えてしまうだろう。
 とは言えだ。
 それでも俺はこの要求を撥ね退ける事ができない。なぜなら、そんな事をしたら未来以前に人生そのものが終わりを告げる事になりかねないからだ。
 俺は人知れず消沈する。本当に今日はついてない。見たくもない測定結果が返ってきて、クラスメイトには蔑んだ目で見られ、恐喝され、パシらされる羽目になった挙句、パシる品が未成年学生として購入に危険の伴う酒である。しかも恐喝以降は命懸け、目も当てられないとはこの事だ。
 俺の胸中では溜息交じりに自然と愚痴が溢れ出していた。
 やれやれ、なんで命懸けで買い出しに行く決意をしなけりゃならんのだ。目の前にいるのは名前も知らない会ったばかりの少女。普通だったら、バカ正直に買ってきてやるような義理も義務もないというのに……。
 と、そこで俺は唐突に愚痴るのを止めた。ふと、ある事に気が付いたのだ。
 俺はもう一度直前に述べた自分の言葉を繰り返す。
〝バカ正直に買ってくる義理はない〟
 自分で言ったこの言葉で俺は気が付いたのだ。
〝言いなりになって態々ここに戻って来る必要は無い。買い出しに行くフリをしてとんずらすれば良いではないか〟と。
 そうだ。そうではないか。わざわざ義理を通す必要はない、義務を果たす責任もないないのだ。霞がかった気持ちがいっきに晴れていくのを感じた。抱えている問題全てを一度に解決しうる魔法のような方法を思い付いたのだから当然であった。
 早速俺が二つ返事で少女の言い分に賛同し、速やかに買い出しに出掛けよう(その場を離れよう)としたのは言うまでもなかった。
 がしかし、
「ちょい待ち!」
 そんな俺を少女が素早く呼び止める。
 そして、振り向いた俺に一言。
「荷物は置いて行け」
 言われた瞬間に俺は大方を理解したが、念の為訊ね返した。
「何故です?」
「どうせここへ戻ってくるんだ。その方が何かと都合が良いだろ」
 俺の理解は当然の事ながら確信に変わっていた。少女も気付いていたのだ。逃亡の可能性に。
 なので、「貴重品も入っているのでそれはちょっと……」などという俺の言葉に耳を貸すなんて事もしない。代わりに右手を振り上げて、俺のすぐ隣の地面を切り裂いてみせたのだ。
 まるで紙上に定規と鉛筆で描いたかのように歪みなく一直線に、そして深々と切り込まれた地面を横目に、俺は持っていた鞄をゆっくりと足元に降ろした。
「解ればよろしい」
 満足そうに少女がニヤリと笑う。交渉成立というわけだ。 
 かくして俺の、現代社会に於ける強者による理不尽な搾取(カツアゲ)、【無能力者狩り】の犠牲となる事が確定したのだった―――――

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