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仙狐九尾会

【 仙狐九尾会 】 記事一覧

#1 仙狐九尾会

仙狐九尾会

 仙狐九尾会。
 それは万物の頂点たる狐(自称)を統べる組織である。
 仙法(仙術とか妖術と神通力などなど呼称は様々ある)を極めし九匹の大仙孤で構成された狐界の最高機関と言っても過言ではない。
 ここでの決定は狐の総意となり、ここで定められるは狐の秩序である。
 仙狐九尾会とはそれ程までに絶大で、それ程までに偉大なのだ。


 ―――――まあ早い話が、狐のお偉いさんの集まりである。



つづく。
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#2 説明の続き。

仙狐九尾会

 仙狐九尾会を構成するは第一席から第九席までの座を与えられた九匹の大仙狐。
 各座位に優劣はない。よって、各座の数字にも特に意味はなく、数字が若いからといって権限が増すわけでも無ければ、その逆も然りで、皆平等である。
 しかしながら各狐は在任期間や仙狐としてのキャリアが異なるため、実際にはその発言力に差が有る事は否めない。



つづく。

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#3 なぜに狸が……。

仙狐九尾会

 私の名は風狸、狸である。正真正銘、狸である。花も恥じらう……かは分からないが狸のレディである。
 そんな私はここ仙狐九尾会で日夜、第九席代行として狐界の安寧のために奔走している。
 ん、何? 何で狸が狐の最高機関で重要ポストに就いているのか、ですって?
 うん、いい質問ね、褒めてあげるわ。でも、ごめんなさい。残念ながら、その質問に答える事は出来ないの。
 何故かって?
 決まってるわ! それは何を隠そう…………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………………………………
…………私も解らないから! というか、私が一番それを知りたいからだよ!!!



つづく。

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#4 狸なのに……。

仙狐九尾会

 私は風狸、狸にして仙狐九尾会第九席代行である。
 仙狐九尾会第九席代行、それは狐界の最高機関【仙狐九尾会】を構成する九匹の狐のうちの一匹、第九席が担う仕事の代行者である。第九席の右腕である。
 ―――と、まあ言葉を選んでそれなりに取り繕えば大層な役職に聞こえるかもしれないが、端的に言えば「第九席に仕事を押し付けられるだけ」の損な役回りというのが実情だ。
 現に私は今、職場にすら現れず悠々自適に人生ならぬ狐生を送る第九席で上司の代わりに、日々狐界のために奮闘中である。
 ああ……、本当に何で私は狸なのに、こんな所でこんな事をしているのだろうか……。
 そんな虚しさに心乱される事もしばしばであった。



つづく。

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#5 監視されてる?

仙狐九尾会

 私は風狸、仙狐九尾会第九席代行の風狸。
 今日もいつも通り狐界のために奮闘中である。
 仕事中、ふと虚しさに襲われた私は職務用PCのキーボードを叩く指を止めた。気晴らしに乾いた喉を潤そうと手を伸ばしたお気に入りの湯飲み茶碗が、ひんやりと掌から体温を奪っていく。
 虚しさが増した……。
 深いため息を漏らしすっかり冷めてしまった玉露を一気に飲み干した私は、無機質な事務用チェアの背もたれに体重を預け、天井を見上げながら一息つく。
「あ~も~アホらしい……」
 無意識に愚痴を溢した、その時である。
 ピロリン!
 唐突に、デスクの端に放置していたスマートフォンが乾いた音色を短く奏でた。
 気を緩めていた事もあり私はビクッと体を震わせてから不満気に目を向ける。
「も~何よ! 何でひとの息抜き邪魔するのよ!(まぁ私、狸だけど)」
 スマートフォンのバックライトで照らされた液晶画面には業務連絡とのメッセージが表示されていた。差出人は件の上司からだ。
 言ってるそばから、これだ……。
 私は空になった湯飲み茶碗を机に置き、代わりにスマートフォンに手を伸ばした。
「あれ?」
 通知アイコンをタップした私は首を傾げ困惑する。
 なぜならそのメッセージ、冒頭に業務連絡と書かれてるいるだけで、その後は画面からはみ出る程に空欄が続いていたからだ。
 誤送信?
 念のため表示をフリックして末尾まで確認する。
 ……………………………………………………………………………………………………………。
「んきゃっ!?」
 私は奇声を上げ、思わずスマートフォン投げ出しそうになった。
 二、三度指を滑らした先、何もないと高を括っていた空欄の最後の最後に短い一文が記されていたからだ。
『サボるなよ(ΦωΦ)』と。
 絶妙なタイミングでの的確な指摘に、慌てて私は周囲をキョロキョロと見回した。
 見てるの? それとも盗聴? もしくはその両方か!?



つづく。

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#6 因縁浅からぬ狐。

仙狐九尾会

「ねえ、風狸。アンタ何してんの?」
 上司からの業務連絡で疑心暗鬼に陥った私がオドオドと辺りを見回していると、不意に背後からそんな声をかけられた。
「ほわっ!?」
 私が驚き振り返ると小柄で貧相な身体つきをした褐色肌の少女が立っていた。ふっさりとしながらも狐にしては控えめな尻尾を垂らし、大きな三角獣耳をピンと立てた、少しウェーブのかかった明るい栗色の髪のツインテール少女だ。
「なんだルーシーか、脅かさないでよ」
 彼女は第八席のルーシー、フェネックの仙狐だ。現九尾会の中では一番任期が短い新世代の狐で、私と比較的に歳が近い。その為か、何かと衝突する事も多く、私にとって因縁浅からぬ狐である。
「なんだとは何よ。まず何だを先に問たのはあたしでしょうに!」
 因縁浅からぬ狐、第八席のルーシーはさっそく不満気に難癖をつけてきた。
 だが、ルーシーの難癖はいつもの事なので私は動じない。
「あ、そう。で、何か用?」
「って、おい、あたしの質問はスルーかよ!?」
「だってルーシーに話すと、またややこしくなるから」
「何それ、どういう意味? 余計気になるじゃない。いいから教えなさいよ。第八席としての命令よ」
 相変わらずルーシーは面倒くさい狐だ。大体、九尾会の権限を個人のプライベートを暴くために使っちゃダメだろ。職権乱用もいいとこだ……って言っても、たぶんコイツは聞きゃしないだろうな。仕方ないのでこちらも対抗してこう答えた。
「第九席代行として拒否権を発動します」
 目には目を、権限には権限を。私は所詮代行に過ぎないが、それゆえ代行対象である私の上司以外の命令に上司の許可なく従う必要はない。九尾会メンバーが形式上皆平等であるがゆえ、その代行者に与えられている特権なのだ。ふふん、どんなもんよ、この風狸ちゃん、第九席代行として、簡単には権力に屈しないんだからね。
 私にはルーシーの悔しがる顔が目に浮かんで見えていた。
 しかしながら、そんな私の予想を裏切るように、ルーシーが見せたのは驚き眼であった。
「ちょっとアンタそれ職権乱用よ! 代行とは言え、九尾会の権限はアンタが思っている以上に重いのよ。私的流用は九尾会の沽券に関わるんだから慎まないと!」
 毅然として睨みつけてくるルーシー。私は些か気圧されてしまった。だが、落ち着け私。職権乱用はルーシーもしているのだ。私が責められるのだとしたら、それはルーシーにも言えることではないか。
「ちょ、ちょっと待って、ルーシーが今それ言うの!? 今さっき同じ職権乱用していたルーシーが!?」
 ルーシーは呆れた様子で溜め息を漏らした。
「バカね、あたしのはジョークよ、ジョーク。アンタの口を割るとか、くだらない目的のために本気で九尾会の権限なんか使うわけ無いでしょ」
「あ、ずっこい!」と私はすぐさま対抗する。だって私だけ責められる筋合いはないのだから。
「そ、それなら私だって冗談よ、冗談! ルーシーの追求を躱すなんてしょうもない事のために権限を利用しようなんて思うわけ無いでしょ」
 するとルーシーは「へぇー」と疑念に満ちたジト目を向けて来て、
「本当かなー?」
 私は唐突に非ぬ疑惑を向けられ思わず焦燥に駆られ……いや、そんなわけないじゃない。何度も言うけど、私だけ責められる筋合いはないのだもの。だから先のルーシーに負けないくらい毅然と言い返してやったわ。
「あ、当たり前でしょ! ルーシーをからかっただけだよ。ルーシーこそ、そんな事も気付けなかったの? ダサ!」
「んじゃ、何してたか教えてよ。あたしの追求躱すなんてしょうもない事はしないんでしょ? つまりそれは追求に応じるって事よね?」
「当ぜn……え? あれ?」
 なんか私が想定よりだいぶ違う展開になっているような……。疑問と不安が沸き起こる中、ルーシーが間髪入れずに言い迫ってくる。しかも、私の尊厳に関わる言葉を混じえて。
「なぁんだ、やっぱ嘘なんだ。第九席代行は嘘つきなんだ。それとも、狸だから嘘つきなのかな?」
 私は狸であることに誇りを持っている。その誇りを傷付けられるような真似を黙って見過ごす事など出来ない。思わず強い口調で言い返してしまった。
「あ? 誰が応じないって言った! 応じるわよ、っていうか初めからそのつもりだったし! 狸差別やめてくれる!?」と。
「じゃあ、何してたの?」
「そりゃ――――」
 あれ!?

 ―――――やはりルーシーは因縁浅からぬ狐である。



つづく。

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#7 狸をいびる狐。

仙狐九尾会

「にゃはははは~、いい気味〜!!!」
 第九席執務室にけたたましい笑い声が響いていた。発信源は仙狐九尾会第八席、私にとって因縁浅からぬフェネック仙孤ルーシーである。彼女が盛大に笑う原因は単純明快であった。先の上司からのメールの一件を耳にしたからだ。
 だからルーシーに言いたくなかったのよ。
 私は肺に溜まった二酸化炭素を大きく吐き出して肩を落とした。
「もう気が済んだでしょ。邪魔だからとっとと出て行ってよ」
 私が不機嫌に言うと、ルーシーはいっそう腹を抱えて笑い転げた。
 マジ、ムカつく。笑い事じゃねぇっつうの!
 私は狸だが、それでもこれまで狐界のために奔走してきたと自負している。例え無理やり押し付けられた役職であったにしても、職務には真摯に向き合ってきたつもりである。もし本当に監視されているのであれば、そんな私に対する裏切り行為に他ならない。
「な〜に言ってるの、裏切りも何もアンタが狸であれば当然じゃない。古今東西、昔から狐と狸は仲悪いんだもの。大体、アンタ元は山奥でお姉様のフリして悪行を重ねていた性悪狸じゃない。寧ろヌルいくらいだわ」
 ルーシーは滲み出た笑い涙を拭いながら楽しそうにそう言った。
 私はムッとして言い返す。
「それはもう大昔の事だよ!」
 因みにルーシーが言うところのお姉様とは私の上司の事である。ルーシーは我が上司をお姉様と呼び異常な程に慕っている。その理由、経緯云々など細かい事に関しては今回は誠に勝手ながら割愛させて頂こうと思う。何せ私にとっては取るに足らない些末な事だからね。
 とにかく今は私の信用問題が重要なのだ。なにせ日々、私は狐界の中枢にて狐のために奮闘しているのだから。
「バカね、狸が狐界の中枢にいるからこそ監視が必要なんじゃない。裏切りは往々にして『なぜコイツが』って奴がするものだけど、『如何にも』な奴にされたら、それは狐の権威に関わってくるのだもの」
 そう言うとルーシーは右拳を胸の前で力強く握りしめながら、「流石はお姉様、わかってらっしゃる!」と感嘆するように言葉を震わせた。
「いや、だったらそもそも『如何にもな奴』を中枢に入れなきゃいいでしょ。私を代行に無理やり推したのは、そのお姉様なんだからね、解ってる?」
 私の異議もなんのその。ルーシーは呆れた様子で嘆息し、
「やっぱりアンタはバカね。今や九尾会はワールドワイドでグローバルなのよ。宿敵である狸をも招き入れる懐の広さを世界にアピールする事で、九尾会のイメージアップを図ろうとしているに決まってるでしょ。流石はお姉さまだわ!」
「そうかなぁ? イメージアップ狙って招き入れたなら、もっと待遇良くてもよくない? 私、毎日馬車馬の如く働かされているよ。これじゃあ、寧ろイメージ悪くならない?」
「それはアンタが余計な事を口にせず黙っていれば済む話でしょ」
 さも当然と言わんばかりにきっぱりと言い切るルーシー。
「え? それじゃ私は労働環境への不満も裏切りにカウントされちゃうの? そこも監視要項? 狸差別もいいとこじゃない? 私の狸権(じんけん)どこ行った?」
「何を今更。初めから九尾会(ここ)は狐のための組織でアンタは狸だと言っているじゃない。そんなもの期待する方が野暮でしょ。もっとこの場所で狸であるという事の意味を理解しなさいな」
 私は愕然と膝をついた。
「な……」
 確かに言われてみれば辻褄が合う……気がする。狸の私が九尾会にいるのはイメージ戦略のためで、ハードワークを強いられているのは狸だから。そして、狸は信用ならないから監視されている……というわけ……か?
「漸く悟ったようね!」
 ルーシーは私の鼻先を突くように指差して言い放つと、
「そうよ、ここ九尾会で狸のアンタに狸権(じんけん)はないの。だって、ここにあるのは狐権(じんけん)だけだもの。身の程を知りなさいな!」
 今度ばかりは如何に狸の尊厳を傷付けられようとも言い返せなかった。それが意味を成さぬ場所にいるのだと、痛感させられてしまったのだから。差別とは平等の下で批判される行為であり、元々平等の下にない者の受けるそれは区別でしかないのだ。
 打ちひしがれる私を見て、再びルーシーがケラケラと笑い出す。
 泣きっ面になんとやらだった。
 そんな折、「ピロリン!」と私のスマートフォンが場違いな音色を奏でた。
 それは『業務連絡②』と銘打たれた、本日二度目の上司からのメールであった。
「あらあら〜、お姉様からのお叱りなんじゃなくって?」
 ルーシーが嬉々として私のスマホ画面を覗き込んでくる。
 本来ならばプライバシーやら機密やらあるので、第三者に覗かれた状態で中身を確認するのは御法度だ。しかしながら傷心しきった今の私にはそれを気に掛ける余裕が無かったため、構わずアイコンをタップする。
 先程同様に件名の後は画面から溢れるように空欄で埋め尽くされていた。
 今度は何を言われるのか……。ウキウキのルーシーを尻目に、私は恐る恐るフリックする。
 …………………………………………………………………………………………………。
 三度ほど指を滑らせて現れた文章はこうだった。


『な~んちゃって ウソぴょん (・ω<)
 さっきのメール驚いた?
 ウソウソ あれウソ(>ω<)
 わらわ風狸のこと信じてるもん✨
 暇だったゆえ ほんの出来心じゃ
 ゆるしてちょんまげ🙏

 by 風狸ちゃんに絶大な信頼を寄せる美少女上司

 p.s.
 九尾会は出来た連中が多いから心配いらんと思うけど、もし風狸を狸だからという理由で迫害するような🦊がおったら、独りで抱え込まずに遠慮なくわらわに報告しろよ〜。
 そんなボケナスはすぐにわらわがフルボッコにしてやるからな〜 (●`・ω・)=O)`-д゜)ポカ』


「………………………………………………」
 読み終わった後、暫し沈黙してから私はゆっくりとルーシーに顔を向ける。ルーシーもルーシーで似たような動作をとっていたのだろう。タイミング良くお互いの目が合った。
 ルーシーはどことなく悲しげな顔で、何かを訴えるような眼差しを私に向けて来ていた。
 さらに沈黙すること約五秒……。
 私は「よし!」と短く言ってスマホ画面の返信アイコンに指を伸ばした。
 直後、得も言えぬ泣き顔のルーシーが「ぎぃやあぁぁ゛〜 ち゛ょっと待ってぇぇぇ゛〜」と悲痛な叫び声をあげながら私に抱きついて来た。


つづく。

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#8 ランチタイムにて。

仙狐九尾会

 狐とて、生きていれば皆お腹が空く。然るに、ここ仙孤九尾会本部には職務に従事する狐たちのために食堂が併設されている。腕の良い料理人を雇っているらしく味の方は折り紙つき、しかも職員プライスがありリーズナブルに食べられるという事で、狐たちからはかなり重宝されている施設である。
 かくいう狸な私もここの常連でファンであった。


「いや〜、美味しかった〜♪」
 ここ九尾会本部にある食堂で食べるランチは何度食べても飽きないほどに高水準だが、本日はいつにも増して旨かった。
 それもそのはずだ。
 何せ食べたのが、安さが売りの本部食堂に於いて、一食九千円もする『豪華絢爛スペシャルきつねランチセット!(要予約)』という普段では絶対に手を出さない高級メニューなのだから。テレビや雑誌でしか見たことのない高級食材の数々で彩られていたランチセットは、その名に違わぬ絶品で美味。しかも私自身は一銭も払わず、無料(タダ)同然で食べられたとあっては、賞賛はいくら有っても、文句などはつけようがなかった。ま、所謂、他人の金で食べる高い飯は旨い、と言うやつだ。
「うぅ……アンタ、本当にこれでお姉様には黙っていてくれるんでしょうね?」
 テーブルを挟んだ向かい席で恨めしそうに財布を見つめながら、消え入りそうな声で嘆いていたのはルーシー、今日のランチのスポンサーだ。監視疑惑の際に散々私をいびり倒していた彼女は、その愚行を愛しのお姉様に告げ口させぬよう、私に交渉を持ち掛けて来た。その顛末の姿であった。
「安心してよ、狸に二言は無いから」
 私は悠然とそう言って、熱々の玉露を慎重に啜った。
「本当に本当でしょうね? ランチにこんな大金払わせておいて、もし嘘だったら詐欺罪で訴えるからね」
 ルーシーの目尻には微かに光るものが滲んでいた。だいぶ今回の出費が痛手だったようだ。
 とは言え、一応ルーシーは重役に就く狐である。そこまで狼狽えることもなかろうに。
「だから、そう言っているじゃん。っていうか、ルーシーは代行の私と違って、正真正銘の尾席でしょ。相応の収入があるんだから、たかだか九千円程度で私を詐欺師に仕立て上げようとしないでよね」
 私が呆れてそう言うと、
「バカ言わないで! 相応の立場にある者は、相応の出費を免れないのよ! 駆け出し尾席のあたしは、長年いろいろと溜め込んだ金でのうのうと生きる他の重鎮尾席共と張り合わないといけないの。そのせいで、常に金欠なのよ!!」
 ルーシーが半泣きになりながら猛然とテーブル越しに迫ってきた。
「うわっ!?」
 私はルーシーの思わぬ変容っぷりに驚くと同時に、その気迫に負け、逃げるように身を反らした。

 うーん……どうやら地雷を踏んてしまったらしい――――



つづく。

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#9 八尾の威厳。

仙狐九尾会

 ルーシーは嘆いていた。
 自分はベテラン尾席と張り合わなければならない、と。
 ルーシーは怒っていた。
 その為に浪費しているのだ、と。


 そして、詰め寄られた私は―――――


「は、張り合わなければよくない……?」
 困惑しながら逃げ腰でそう言い返した。
 するとルーシーはすかさず追いすがるようにして、
「そういうわけにはいかないの! 尾席としての威厳に関わるんだもの!!」と鼻先まで得も言われぬ険しい形相で言い寄って来る。
 ルーシー!? 顔、近い、近い!!
「他と張り合ったところで威厳なんか得られないでしょ」
 私はほとんどテーブルに乗り上がっていたルーシーの体を両手で押し返す。
 しかし、
「んなこたぁー解ってるわよ!」
 ルーシーは押し返した私の手を振り払い、再び迫り寄って、
「でもね、私の威厳って他の尾席(奴ら)と張り合っていないと減るのよ! 解る? 減るの!!」
 ルーシーの気迫に押し負け抗うことを諦めた私は、逃げ腰のまま投げやりに訊く。
「そ……そうなの?」と。
 鼻息荒くルーシーが答える。
「そうよ! だって他の尾席(奴ら)がランチだの、酒の席だので事ある毎にポケットマネーをバラ撒いて狐たちを懐柔してるんですもの!」
 それ、ただ羽振りがいいだけで懐柔しているわけじゃ……との思いは置いといて、
「そ……それと威厳とどう繋がるの?」
 すると、ルーシーが険しい口調で、
「そんな場面に居合わせた時にあたしが財布を取り出さなかったらどうなるか、って事よ」
「えっと……つまり?」
「鈍いわね、いい? すぐに『八尾のルーシーってドケチだよね』とか『うわぁー、今回、八尾しか居ないのかよ、マジはずれだわ』って陰口を叩かれ始めるのよ! 威厳なんか見る見るうちに失われていくわ。っていうか、あたし八尾よ、狐界最高権力の一角よ。なのに呼び捨てってどういう事!? 大体、陰口なんだから本人の耳に届かないところでしなさいよ、バッチリ聞こえてるっての! 聞き耳立てるべくもなく聞こえてるっての!!」
 途中から誰へとも解らぬ唯の愚痴を零し始めた血眼のルーシー。苦労の程は窺えるが……正直、私に言われても対応に困る。
 ともあれ……世知辛いな、狐界。
 私が苦笑いを零していると、
「そもそも他の尾席(奴ら)も奴らよ! 可愛い後輩が居るんだから、気使ってちっとは自重しろっての!」
 未だ収まりがつかないのか、はたまた一度始めてしまったが故か、ルーシーは遂にその怒りの矛先を直接九尾会の同僚へと向け始めた。
「ちょっとルーシー、食堂(ここ)で余りそういう事言わない方が……」
 愚痴の矛先が狐界の最高権力へと向けられたのなら、ここいらで諌めておいた方が良いだろう。九尾会は形式上でこそお互いに平等という事になっているが、実際はルーシーが自らを(可愛いかどうかは別にして)後輩と呼ぶように、序列が無いというわけではない。如何に同じ尾席と言えど、この手の愚痴が他の尾席の耳に入った場合、序列最後尾のルーシーが一体どんな仕打ちを受けるはめになるのやら、分かったものではない。一応、因縁浅からぬ狸として、放っては置けないのだ。
 しかしながら、そんな私の気遣いとは裏腹に、ルーシーは愚痴を止めようとはしなかった。
「構わないわよ、どうせあの爺婆共がこんな食堂(庶民的な場所)に顔出す事なんてないんだから。金持ちはいつも優雅に外食よ。アンタだって、食堂(ここ)であたし以外の尾席見た事ないでしょ?」
「ん、まあ……そうだけど……でも――」
 私はチラチラと周囲に目を向ける。本人達はいなくとも、情報を届ける者は幾らでもいるでしょうに。
 それでもルーシーは動じなかった。そればかりか自信あり気に、
「大〜丈夫よ。そうならないために日頃から無理して金バラ撒いて威厳と人望を保っているんだから」

 ルーシー……たぶん、その威厳と人望は当てにならないよ。



つづく。

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#10 忍び寄る影。

仙狐九尾会

 よほど日頃の鬱憤が溜まっていたのか、ルーシーは同僚であり先輩である他の九尾会尾席メンバーへの愚痴を零し続けていた。
 愚痴なんか聞かされても楽しくなし、ましてやその内容は権力者の悪口である。場合によっては、とばっちりで私にも身の危険が及びかねないので、とっとと退散して然るべきである。
 しかしながら私はそれを保留してしまった。
 理由は多々ある。
 まず、きっかけという点において原因の一端が私にあると言えなくもないという事。僅かとはいえ良心の呵責に苛まれてしまえば判断が鈍るというものだ。
 それにルーシーは傍目に見て、だいぶストレスを溜め込んでいる様子だった。ここで私くらい愚痴に付き合ってガス抜きでもしてやらないと何処かで事切れてしまうのではないか、という心配を懐いてしまったのも一因だ。
 加えて、幸か不幸か、当初心配した密告の恐れが余り感じられなかった事が油断を生んだ。おそらくこの手の苦労というのが九尾会で働く者の共通認識なのだろう。周囲にいる狐たちの殆どが、愚痴るルーシーを時折憐れむように目を向けてはウンウンと深く頷くといった様子で共感や同情を醸し出しており、そこから生じる「周りは皆仲間」という妙な一体感に惑わされてしまったのだ。
 本当……理由は多々あって……この結果は仕方のない事だったのかもしれない―――。
 でもね……この状況に陥ってみると……やはり後悔せずにはいられないの―――。
 ……己の浅はかさを―――。



 諸々の事情からルーシーの愚痴に耳を傾けていた私。そんな私が異変に気付いたのは二杯目の玉露を飲み干そうとしている時だった。
 いつ終わるともわからない、罵詈雑言とまではいかないまでもそれに近い語句の並ぶ愚痴に少し飽き始めていた私は、何となく隣の席に目を向けた。
 隣の丸テーブルにはどこぞの部署の仲間内らしき三匹の狐がテーブルを囲うように座っていたのだが、その内の一匹の三角獣耳がピクリと僅かに動くのに気が付いた。「おやっ」と思いそのまま見ていると、その狐の顔色が瞬く間に青白くなっていく。その狐はある一方向に視線を向けたまま小刻みに震えながら金縛りにでもあったかのように固まっていた。
 私は不審を懐き、その狐が見据える先に自らの視線を移してみる。すると、どうだろう。私もその狐と同様に全身を硬直させてしまったのだ。
 その狐が見据えた先、そして私が視線を移した先はルーシーの後方数メートルの場所。テーブルとテーブルの間で、唯の通路である。通常であればそんな所をみたところで、何がどうなることもない。
 だが私は硬直してしまった。
 驚愕し、恐怖したのだ。
 なぜならいつの間にか其処に居てはならないきつn……御方が居られたからだ。
 おそらく隣のテーブルの狐が萎縮したのも私と同様にその御方が原因だろう。その証拠に、私や隣テーブルの狐と似たような反応を見せる狐たちがみるみる周囲に増えていっていた。
 これは拙い。
 危機を察した私はすぐさまルーシーにその旨を伝えようとした。その御方がいるのはルーシーの後方。ルーシーからすれば完全に死角であり、彼女は気付けない。実際、ルーシーは静かにざわつく周囲の狐たちとは対照的に、全く気付いた素振りを見せず饒舌に愚痴り続けていた。この状況……今更感は拭えないが……どうにか被害を最小限に抑えてやろうと思うのが同伴者の人情であろう。
 ―――が、しかし。
 私がルーシーに声を掛けようとした矢先である。あろうことか、その御方と目があってしまった。
「ひぃうっ!?」
 私はまるで蛇に睨まれた蛙が如く寸分たりとも動けなくなった。
 そんな私にその御方は、そっと人差し指を自らの唇の前で立て「何も言うな」とのジェスチャーを見せると、ニッコリと微笑みかけてきた。
 私は背筋を震わせながら小刻みに首を縦に振る。選択の余地はなかった。
 かくして気付かず気付けぬルーシーの背後にその御方が歩み寄ってくる。私は冷や汗混じりに只々それを見守る事しか出来なかった。
 その御方がルーシーのすぐ後ろまで到達した時、私の顔はよほど不自然に引き攣っていたのだろう。漸くにして異変の片鱗に気付けたルーシーが愚痴りを一時中断して怪訝そうに訊ねてきた。
「ちょっと風狸……なによ、その不細工な顔? 下痢?」
 一部尊厳を傷付けられる言葉を含んでいたのにも拘らず、私はその問いに何も答えなかった……いや、答えられなかった。既に口止めされてしまっていたからだ。
 代わりにルーシーの背後で仁王立ちしたその御方が口を開いた。
「こらこら、ここは食堂やよ。言葉には気つけなあかんで、ルーシーちゃん」
 それは京訛りがまじるおっとりとした声。一聴して安らぎすら覚えそうに思えるものだったが、私を含め周囲の者は皆一様に固唾を飲んで恐々としていた。
 では声を掛けられた当人、ルーシーはというと―――。
「#$▲&@※○≒$&%………」
 声にもならぬ怪音を口から垂れ流しながら、振り返る事すら出来ぬほどにカタカタと震えながら、その身を硬直させていた。



つづく。

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#11 一尾に睨まれた八尾。

仙狐九尾会

 宇迦之御魂神。
 お稲荷さんでお馴染み、各地に祀られている稲荷神社の総本山、伏見稲荷大社の主祭神である。
 一般的に稲荷神社は眷属として狐を従わせているものの、宇迦之御魂神自体は狐ではないとされている。
 しかしながらこれは間違いで、実は宇迦之御魂神は狐である―――――


「あらルーシーちゃん、少し顔色悪ない? どないしたん?」
 腰まで掛かる長い銀髪の清楚な女性が、決死の覚悟といった様子でようやっと振り返ったルーシーに、態とらしく眉を顰めておっとりと訊ねた。
 この銀髪清楚、人間で言ったら二十代といった容姿の女性は仙狐九尾会第一席、お稲荷様でお馴染み、宇迦之御魂神その狐(ひと)であり、私や周囲の狐を制してルーシーの背後に忍び寄ったのはこの御方であったのだ。
 要するにルーシーは同僚で先輩の尾席である当人の目の前で愚痴りまくっていたというわけである。しかもこの宇迦さんは九尾会屈指の古株で、傘下に稲荷神社を従えているという事もありその勢力も最大級、人間界で神に崇められる程に実力も折り紙つきな、九尾会のリーダー的存在だ。同じ尾席とは言え、ぽっと出のルーシーが面と向かって抗える相手ではない。
「う゛うッ、宇迦様……なぜここに?」
 ルーシーは声を裏返しながらそう訊ね返すのが精一杯であった。
「なぜ?……けったいな事訊くんね」
 宇迦さんはクスッと鼻を鳴らすと、柔らかな笑みを浮かべ、
「ここはみんなの食堂で今は昼時や、理由なんか訊くまでもないやろ。それとも、ウチがここに居たらあかんの?」
「いや……そういう……わけでは………ない…です…けど……」
 消え入りそうな声のルーシーに間髪入れず宇迦さんが、
「けど、なに?」
「……えっと…あの……珍しいな……と……思い…まして……」
「珍しい?」
 ずいっと屈むようにして宇迦さんが微笑みながらルーシーの顔を覗き込む。
「ひぎゃッ!?」
 ビクッと震えて奇声を漏らすルーシー。
 そんなルーシーを、宇迦さんはまるで捕食者が獲物を品定めするかのように注視する。
 それは傍から見ているだけの私や周囲の狐たちですら緊張して息の詰まる光景だった。
 果たして当事者の心労は如何程のものだろうか。
 顫動するルーシーを眺めながら、私は只々事の推移を見守ることしか出来なかった。
 暫くこの緊張感溢れる二匹の睨めっこが続いた。と言っても実際には時間にして一秒にも満たなかったのかもしれない。
 とにかく時間の感覚が狂う程に重苦しい静寂の後である。
「珍しいか……」
 そう言って宇迦さんはゆっくり体を起こすと、
「そやな、確かにウチがここに来るのは珍しいかもなあ」
 相変わらずのおっとり声であったが、これまた妙な緊張感を懐かせる雰囲気なのも相変わらずで、まったく安心要素とはなり得ない。
 おそらくルーシーも似たような心境なのだろう。首振り人形が如く「ですですです」と同調してみせるのがやっとといった様子だった。
 そんなルーシーに再び宇迦さんは顔を寄せる。
「ところでルーシーちゃん」
「ひゃい!?」
 背筋を伸ばして直立不動になるルーシー。
「先刻(さっき)なんや楽しそうに話しとったな、風狸ちゃんと。ウチもそのガールズトークに混ぜてくれへんか?」
「え゛!?」
「いやな、今どきの若い女子が何話しとるんか気になってん」
 そう言うと宇迦さんはカッと瞳を大きく見開いて、
「なにせウチ、ババアやからな」
「えっと……あの……その……」と口籠るルーシーの顔色がみるみるうちに青冷めていく。
「ウチな、ババアやろ? せやからな、若い子の話題も頭に入れときたいんよ。そやないとほら……若い子にKY呼ばわりされてまうやろ?」
 宇迦さんはそう言ってルーシーの両肩をガシリッと手で掴み、
「な、“若い”ルーシーちゃん」
 それはとても穏やかな口調であったが、見ているだけでも身震いしてしまうような冷たさがこもっていた。
 だからだろうか、観念したかのように覇気のない声でルーシーは自ら確信へと迫るのだった。
「い、いつから……いらしたん…ですか?」
「ん? なんでそんな事訊くん? 質問の意味が解らんわ。ただウチは滅多に注文がかからないスペシャルランチを、風貍ちゃんが美味しそうにほうばる姿が可愛いな思て眺めていただけやで」
 つまりは初めからルーシーの暴言は聞かれていたわけである。
 酸素不足に陥った金魚鉢でもがく金魚のように無言で口をパクつかせていたルーシーが、ヨレヨレと椅子から滑り落ちるようにして床に跪き、臥して許しを乞いたのは程なくしての事であった。



つづく。

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#12 反省した?八尾

仙狐九尾会

「ふひはへんへひは(すみませんでした)」
 正座姿でほっぺたを摘まれたルーシーが涙を滲ませて謝っていた。
 相手は仙孤九尾会第一席、稲荷神社の総元締でもある宇迦之御魂神。しゃがんでルーシーのほっぺたを摘んでいる銀髪ロングヘア美女である。
「まったく、ジジイはともかくババアはあかんよ、ババアは」
 宇迦之御魂神こと宇迦さんが冷たい笑顔でルーシーのほっぺたを引っ張って言った。些か「怒るポイントそこでいいの?」と狸の私は思わなくもなかったが、とてもじゃないが指摘できるような空気でもなかったので無視(スルー)することにした。君子危うきに近寄らずというやつだ。
「ひははははッ(イダダダダッ)! ほふほひふひはへふへひは(本当にすみませんでした)』
 悶ながら重ねて詫びるルーシー。もはや雄弁に(愚痴を)語っていた先程までの威勢はなかった。
 その変容っぷりに、心配しつつも少し呆れて見ていると、
「まあ、ええわ」
 唐突に宇迦さんがルーシーのほっぺたから指を離した。
「ふわっ!?」とルーシーがバランスを崩してよろける。
「別にルーシーちゃんをイジメるために来たわけやないからな」
 そう言うと宇迦さんは一旦立ち上がってから、私の斜め向かいの席に腰を下ろした。
 そして、
「どや、風狸ちゃん? 九尾会本部(ここ)にはもう慣れた?」
「え!? 私?」
 不意に宇迦さんから笑顔を向けられ戸惑う私。
「そやよ、先刻(さっき)言ったやん、ガールズトークに混ぜて、て。ウチが食堂(ここ)に来たんは、九尾会のまとめ役として、風狸ちゃんの近況を訊くためやさかい」
「……はあ、でも何で?」
「そりゃまあ、風狸ちゃんがここにいるんは特殊事例やからな。風狸ちゃん狸やもん。狐の世界でいろいろと苦労しとるんやないかと心配になるやん。最終的に風狸ちゃんの採用を認めたのもウチみたいなもんやし、アフターケア言うんかな」
「アフターケア……ですか……」
 私が呆けてそう漏らすと、いつの間にか正面席に座り直していたルーシーがほっぺたをさすりながら口を尖らせボソリと言う。
「ちぇッ、なによ風狸のせいであたしはこんな目に遭ったって事? ツイてないな」
「何言ってるん? そこはルーシーちゃんの自己責任やろ。愚痴は周り見て上手く零しいや」
 すぐさま宇迦さんが笑顔でルーシーを睨みつけた。
「ひいッ!?」
 たじろぐルーシーに宇迦さんは続けて諭すように言った。
「それに『ツイてない』はないやろ。寧ろ見つけたのがウチで良かったんとちゃう? 荼枳尼ちゃん辺りに見つかってたら、あんた今頃八つ裂きにされて、うどんのトッピングメニューにでもなっとるで」
 おそらくはその光景を想像したのであろう。ルーシーは少し間を置いてから引き攣った顔になり、「た、確かに……」と乾いた声を漏らした。
「そやろ、ちゃんと反省せんと死ぬで」
「……うすッ、以後気をつけます」
「わかればよろしい」
 どうやら宇迦さんの目的は本当に私だったらしい。思いの外手早くルーシーを鎮めると、改めて私に柔らかな笑みを向けて来たのだ。




つづく。

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#13 もしかして根に持つタイプですか?

仙狐九尾会

「へぇー、今そんなんが流行ってるんやね」
 仙狐九尾会一尾の宇迦さんが目を丸くしながらも楽しそうに感嘆の声をあげていた。
 宇迦さんはアフターケアと称し、狸の私を気遣って様子を窺いに来たらしい。そうした事情もあり元々は私の近況聴取が目的だった筈なのだが、いつの間にか本筋から脱線し、気付けば私たちはルーシーも交え流行のコスメ話で盛り上がっていた。
 実のところ、これまで私はルーシーを除いては九尾会の面々とあまり面識がなく、専ら仕事上の付き合いしかしてこなかった。そのため今回が宇迦さんとまともに言葉を交わす初めての機会である。相手は個性派揃いの九尾会に於いてリーダー的な立ち位置の偉大な狐。狸で代行でしかない私はどうしたってこの狐界のVIPを前に身構えてしまうというもので、気乗りはしていなかった。しかしながら、いざ話してみると宇迦さんは思いの外気さくで話し易く、懐いていたその印象とのギャップからか、つい心を許して余計な事まで口走ってしまうほどだった。それはこの結果だ。
 とは言えだ。別にこちらから頼んだわけでもないので私が気にかけることではないのかも知れないが、わざわざ御足労頂いた相手を手ぶらで帰すのには些か気が引けるというもので、
「あの……私、今のところ大した近況報告していないんですがいいんでしょうか?」
 私は野暮と知りながらも、こうして一度話を蒸し返すのだった。
「ええよ、ええよ。ウチが知りたかったんは風狸ちゃんがちゃんと此処に馴染めているか、いう事で、アンタの活動実態を知りたかったわけではないからね。風狸ちゃんの今のその表情(かお)見たら、もう十分に目的は果たせてるし、ぶっちゃけ今は唯の暇つぶしや」
 暇つぶし!?
 思わぬ答えに呆気にとられる私。
 それを見た宇迦さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「ウチの暇つぶし、迷惑? 嫌なら言ってな、ババアは空気読んで立ち去るさかい、バ・バ・ア・は」
「ひぎッ!?」
 向かいの席のルーシーが関係ないのに小さく声をあげ、それを受けて私も反射的に少し身を縮ませてしまう。
「ん?」と意味深に小首を傾げる宇迦さん。
「全然、迷惑じゃないです」
 私は慌てて否定する。
「なら、ええんやけど。でもほんま嫌やったら言ってな。陰でババア言われるくらいなら、ウチ喜んで出て行くさかい」
 チラリとルーシーを見ると顔面蒼白で苦笑していた。
「はははっ、言いませんよ」
 私は精一杯陽気に答えた。
 そして同時に、しかと心に誓うのだった。
 宇迦さん(このひと)にババアは禁句、決して口にしないようにしよう――――――と。





つづく。

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#14 ささやかな疑問のはずが……。

仙狐九尾会

「そう言えば、何で九尾会の狐はみんな普段から人に化けて活動しているんですか?」
 私はふとそんな疑問を口にした。
 今はまだ昼休みの真っ只中。宇迦さん、ルーシーとの雑談の最中での事であった。
「どしたの風貍、急にそんな事訊くなんて?」
 ジト目のルーシーが蛋白に言った。
「いや、なんとなく。狐の組織なのに常日頃から人の姿で業務をこなしているのって、よくよく考えたら何でだろう?って」
 九尾会が管理する各施設というのは原則として人の姿を模していなければ入れない。そういうルールが存在する。初めてここを訪れた際、それを言い渡された私は他種の庭という事もあり、郷に入りては郷に従え精神で言われるままに受け入れたのだが、思い返せば理由を聞かされていなかった。まあ、狸の私はその方が目立たずにいられるので有り難いし、知らなきゃ知らないで支障は無い。唯、本来は狐だけの場所なのだから、わざわざ人に化けずとも狐姿のままでよくないか、と思ったのだ。
「何を今更。決まってるじゃない、そんなのあれよ、あれ」
「あれって?」
 嘆息して勿体振るルーシーに私が急かすように訊ねると、
「だからあれよ……宇迦さん言ってやって」
「アンタも知らんのやろ」
 透かさずツッコミを入れる宇迦さん。
「いっ!?」
 ルーシーはそっと視線を逸した。
「なんだ、ルーシーも知らないんじゃないの」
「か、勘違いしないでよね。私は知らないんじゃなくて、うっかり忘れているだけよ。ほら、さっきまで色々あったじゃない? 気が動転して一時的に失念しているっていうのかしら……」
 異様に目を泳がせるルーシーに、
「そない必死になって誤魔化さんでもええやろ。今日日そんなんいちいち説明なんかしてへんし、知らんでもおかしないからな」
 宇迦さんが苦笑気味に言った。
「うっ……」
 きまりが悪そうに呻くルーシー。
 とりあえず見栄っ張りのルーシーは放っておいて、私は改めて訊ねた。
「で、どうしてなんです?」
 すると宇迦さんは急に伏し目がちになったかと思うと重苦しい口調で言ってきた。
「どうしても知りたい?」
「え!? あの……」
 いきなり敬遠な態度を取られたという事もありたじろぐ私。知りたい気持ちは山々だが、思わずどもってしまう。
「知りたいっちゃあ……知りたいですけど……九尾会的に不都合があるのならば……無理にとは……」
「別に九尾会的に不都合があるいうわけちゃうんやけど……」
 宇迦さんは見るからに顔を曇らせてそう言うと、「ただな……」と意味深そうに付け加える。
「ただ……?」
 遠慮がちに私は聞き返した。
「今は拙いねん」
「今は……!?」
「そう今はな……」
「時間が関係しているんですか……? お昼だから……?」
「そうやないねん……」
 宇迦さんは歯切れの悪い返答を繰り返していた。
 う〜む……。
 九尾会の重鎮がこうも渋るという事は余程重大な問題が絡んでいるということか。いやしかし、九尾会の事で九尾会的に不都合がないのに、こうも渋るものだろうか。それに立場上NOと言えばそれが問答無用で通るはずなのに、なぜ故はっきりと拒否しないのか。なんというか、釈然としない事が多過ぎる。これでは、私としては引くに引けないというものだ。
 私は更に「結局、何が問題なんですか?」と食い下がって訊ねた。
 すると宇迦さんは流石にこれ以上はぐらかすのは気が引けたのだろうか。「そやな……」と小声を漏らしてからいっそう重い口取りでこう言ったのだった。
「あんな……ルーシーちゃんがアホ丸出しになってまうねん」

 ……………………………………………………………。

「「えっ……!?」」
 数秒の静寂があった後、そんな声を漏らしたのは意外な返答に困惑した質問者の私であり、唐突に名指しされたルーシーであった。
 私はすぐにルーシーへと顔を向ける。すると、そこには首を傾げて目を点にした、なんとも言えぬ間抜け顔が待っていた。その全く身に覚えがなさそうな本人の姿に混迷を深める私。
 意味をはかれずに呆けていると宇迦さんは繰り返すように言った。
「せやからな、今ここで理由(それ)を口にしたらルーシーちゃんがアホ丸出しになってまうねん。そんなん不憫やん」

 ……………………………………………………………。

 再び暫しの静寂があった後、今度はルーシーのみが荒げた声を上げる。
「何であたしが!!!?」




つづく。

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#15 勿体ぶっていましたが……

仙狐九尾会

「何であたしがアホ丸出しになるんですか!? 不憫になるんですか!? そもそも、あたし理由も知らないんですよ! 知らない事がアホ丸出しなら解りますが、知ったらアホ丸出しで不憫って、意味解らないんですけど!!」
 ルーシーが半ば声を荒げて宇迦さんに言い迫っていた。
 私達は『仙孤九尾会の狐達はなぜ人の姿で活動しているのか?』、この古くからある謎ルールの理由に迫ったはずだった。
 それを、ルーシーが「アホ丸出しになる」からと、宇迦さんは回答を保留したのだ。
 ルーシーはその理由を知らない。加えてこの謎ルールはルーシーの半生よりも遥かに歴史が深く、実質的に彼女とは無関係と見るのが妥当のはず。にも拘らず、その真意の露呈がなぜか無関係のはずのルーシーをアホにするというおかしな矛盾。その脈絡の無さにルーシーが不満を懐きたくなるのも無理からぬものであろう。
 そんな至極真っ当とも謂われるルーシーの咆哮に、宇迦さんは片手を頬に当てながら困った様子で応えた。
「せやかてなぁ……」
「いや、その『せやかてなぁ』が意味解らないんですよ。何がどうなったら、あたしがアホ丸出しになるんですか!?」
 ルーシーが食って掛かると、尚も渋るように宇迦さんが訊ねた。
「知りたい?」
「そりゃ知りたいですよ!」
「でも、話したらルーシーちゃんはアホ丸出しやで?」
「ぐぬっ」
 僅かにたじろぐルーシー。しかし恥よりも探求心が勝ったのだろうか、苦虫を噛んだように奥歯を噛み締めながら、すぐに言葉を捻り出した。
「……い、いいですよ」
 そこにはルーシーの並々ならぬ決意が滲み出て見えた。
 とはいえ、その後小声で「い、いや先ずアホ丸出しになるとは限らないし……実際そんな心当たりないし……」と自分に言い聞かせるように漏らしているところを見ると、ルーシーの心の迷いが払拭されたわけではないなさそうであった。
 ともあれルーシーの気概に心打たれたのかは分からないが、宇迦さんは「ルーシーちゃんがそう言うならかまへんけど」と承諾して、仙狐九尾会謎ルールの理由を話し始めた。
「あんな……理由やけどな……」
 勿体ぶるように文節を区切ってゆっくりと語る宇迦さん。散々渋られてのこれである。私とルーシーは思わず急かすように復唱していた。
「理由やけど?」
「実はな……」
「実は?」
 宇迦さんはここで更に態とらしく深呼吸を挟む。
 じれったい。
 私とルーシーは「ゴクッ」と仲良く固唾を飲み込んだ。
 すると漸く宇迦さんがその根幹を口にする。
「特に理由は無いんよ」と。

 ……………………………………………………。

 私達は沈黙した。
 何せそれは予想外の回答、ともすれば根底から色々と覆るようなものであったからだ。
 私は只々唖然とし、ルーシーもぱっくりと口を半開きにして蝋人形のように固まってしまったのだ。
 十秒ほどあった後。
 周囲の狐たちが織り成す雑談の数々がBGMとして木霊す中、この限定的静寂を破ったのは、キリッと眉を吊り上げ、鋭いジト目のルーシーが張り上げた、
「ちょ、まてや!!!」
 との声だった。
 


つづく。

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#16 とりあえず納得?

仙狐九尾会

「いい加減にしてください!」
 ルーシーが再び荒ぶっていた。
 仙孤九尾会の謎ルールに迫った結果である。二度目なので以下省略。
「こっちは真面目に訊いてるんですよ。真面目に答えて貰わないと!」
 吠えるフェネック仙狐ことルーシー。その威圧に、わずかとは言え珍しくたじろぐ様な仕草を見せながら、九尾会の重鎮、銀毛の仙狐こと宇迦之御魂神が苦笑まじりに言った。
「ま、真面目に答えたつもりなんやけど……」
「どこがですか!? 散々勿体ぶって理由が無いとか、ふざけてるでしょ。大体、理由が無いのにアタシがアホ丸出しになるって、完全にあたしの事、からかっているだけですよね?」
 ルーシーの眉は両端共に吊り上がっていた。
「それは誤解やで、ルーシーちゃん」
 宇迦さんがそう言って制すると、ルーシーの片眉が更に吊り上がった。
 僅かにだが慌てたように宇迦さんが付け加える。
「だって先刻(さっき)ルーシーちゃん、必死で知ったかぶっていたやん? 必死で知ったかぶっていたのに、それが理由もへったくれも無いものだとわかったら、ルーシーちゃんの立場ないやろ。アホ丸出しになってまうと思うやろ?」
 ……まあ、確かに。
 私は得心して頷いた。
 だが、当の本人であるルーシーはそうもいかなかったのだろう。その顔はたちまちにして羞恥の紅色へと様変わりしていき、そのまま心ここに在らずといった様子で黙り込んでしまった。
 その哀れな姿を見兼ねた私は、そっと声を掛ける。
「ま、まあ知らなかったんだし、しょうがないよ」
 するとルーシーは、私の声に反応した……のかは定かではないが、不意にガタンッとテーブルに手をついて勢いよく立ち上がると、身を乗り出して宇迦さんに詰め寄った。
「で、本当のところはどうなんです? 理由は何かしらあるはずですよね? 教えてください!」
「え? せやから無いって……」
「またまた〜。このルール、千年以上前からあるんですよ。あるでしょ、理由の一つや二つ。例えば、最低限ヒトに化けられる程度の技量がないと会員として認められないから、とか」
 自ら理由を発案、提示し始めるルーシー。最早それは現実逃避と呼べるのではなかろうか。ともあれ、見ているこちらが辛くなるような、その哀れな姿に耐えかねて、私は堪らず目を伏せた。
 一方、宇迦さんはというと、聞き分けのないルーシーに嫌気がさしたのか、はたまた単に呆れ返っただけなのか。蓋を開けて一晩放置した炭酸飲料みたいに気の抜けた声で、
「あーはいはい。もう、それでええわ。ヒトに化けれん狐は九尾会に相応しないって事にしとくわ」
 それは明らかに投げやりな対応であった。
 これには流石に狸で傍らにいるだけの私とて横から苦言を呈したくなる。理由がない時点でそれを望むのはおかしいのかもしれないが、一応は歴史ある仙狐九尾会のしきたりの事である。もう少し真摯な返答で応えるべきではなかろうか、と。
 しかしながら真実から目を背けたルーシーは、そうは思わなかったようだ。
「な~んだ、やっぱり理由はあるんじゃないですか」
 誰がどう見ても明らかに嘘(フェイク)なのに、晴れやかな笑顔でそう返していた。
 宇迦さんが宇迦さんなら、ルーシーもルーシーだ。幾ら真実を受け止められないからとはいえ、本当にそれでいいのかと、こちらはこちらで思わず疑問をぶつけたくなる。
 もっとも私はそうした気持をぐっと心内に抑え込み、表に出す事はしなかった。何せ私としては当初の目的、即ち仙狐九尾会において古くから続く謎ルールに対する疑問の答えを得る、という事に関しては既に完遂済みである。つまりは、もはや宇迦さんのその場しのぎやルーシーの見栄っ張りに付き合う必要が無いのである。当人達が各々不満を抱えて対立を続けるのならばいざ知らず、このまま歪でも丸く収まる事を望むというのであれば、わざわざ重箱の隅を突いて話を蒸し返すような無駄多き真似をしようとは思わないのだ。
 そんな訳で黙って様子を伺っていると、やがてルーシーは弾んだ声で「いやー、有意義な時間を過ごせたよ。それじゃ、そろそろ昼休みも終わるし、あたし行くね」と一方的に言い放って立ち上がると、私や宇迦さんの応答を碌に待たずして、颯爽と立ち去っていってしまった。
 ほんの少し前まで怒りを顕にしていたとはとても思えない潔い切り替えっぷり。それは呆れを通り越して、尊敬の念さえ懐きたくなる後ろ姿だった。
 ともあれ、これでこの話は終わりである。
 そう油断して偉大で矮小なフェネックの背中を見送っていると、脇にいる宇迦さんが独り言のようにボソリと呟いた。
「やれやれ、巧く誤魔化せたな……」
 え!?



つづく。

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#17 ピンチの後にはアレがある。

仙狐九尾会

「今なんて?」
 私は反射的にそう漏らしていた。傍らには宇迦さんしかいない。ましてやその言葉は直前に彼女の口をついて出た台詞を受けてのもの。その言葉が自分に向けられたものであると、彼女が察するのは必然であった。
「おっと、今のは失言やったな……」
 宇迦さんがポツリと言って微笑んだ。訛り言葉と相まって京美人を思わせる清楚で上品なそれは、同時にドス黒いなにかが纏わりつく悪魔の微笑にも思えた。
 ……なんだかイヤな予感がする。
「いえ、私は何も……」
「そやねん、実は理由がない言うのはウソやねん」
 私は何も聞いていない、と言いたかったのに、一足早く宇迦さんから望んでもいないカミングアウトを受けてしまう。しかも彼女に両肩をガッチリと鷲掴み(ホールド)されながら。
「実はな、あのルールやけど、ウチが大昔に作ったものなん。実は理由もちゃんとあるんよ」
 宇迦さんは饒舌に語っていく。その口ぶりに迷いはなく、まるで私からそれを望まれたかのように雄弁だった。
 直感でそれ以上聞いたら面倒な事になると思った。
「……あの、私このあと用事があ……」
 どうにかその場から立ち去ろうと切り出したが、宇迦さんに「シャラップ!」の一言で言い終わるよりも早く却下される。その時向けられた彼女の瞳は捕食者を連想させる肌寒さが宿っており、私は蛇に睨まれた蛙の如く硬直して口を噤むしかなかった。
 そんな私に宇迦さんは何事もなかったかのように再び雄弁に語りだした。
「で理由言うんがな、“かわいい”からなんよ」
 私は戸惑った。張り詰めた緊張の中にいた分、余計にその理由の意味に困惑していた。
「か、かわいい?」
 そや、と頷いた宇迦さんはここではない何処かを見るようにうっとりとした目を見せて言う。
「狐が化けたヒトの姿って、女も男もかわいい子多いやん。ウチはそんな子らを眺めるのが好きなんよ」
 宇迦さんに両肩をガッチリとホールドされているからだろうか、そこはかとなく先程までとは違った意味で身の危険を感じてしまう。
「せやからな、その昔、当時の九尾会メンバーを言いくるめ……説得してこのルール作ったんよ」
「今、言いくるめてって言おうとしませんでした?」
「言ってへんよ。それよりこのルール、もともと獣耳(みみ)と尻尾は出ててもOKだったんは知ってる?」
「何で急にそんな事訊くんです?」
「やっぱり狐っ子は獣耳と尻尾が付いていてこそ、かわいさに磨きがかかるというもんや。せやから昔は認めててん、というか寧ろ推奨してたんや。けどな、ある時獣耳と尻尾を隠し忘れて人里におりてトラブった狐がおってん。それ以来、みんなうっかりミスを無くすため普段から獣耳と尻尾を隠すようになってもうたんよ」
 宇迦さんは時折挟んだ私の質問をナチュラルに無視して、畳み掛けるように話を進めていく。
「まあ狐たちの安全のためやし、そこは折れたるわ。でもな、ヒトに化ける事は譲れへん。狐っ子を愛でるのはウチの楽しみ、否、生き甲斐と言っても過言ではないさかい。せやから死守せなあかんねや」
 この狐は一体何を言っているのだ……?、と本質的な部分に疑問を懐きながら、それを口にする事の無意味さ、危うさをそこはかとなく察した私は、代わりに恐る恐る言う。
「だったら初めからそう言ってくれれば……」
「何言ってんねん。風貍ちゃんならともかく、ルーシーちゃんにこんなん知られたらルールの撤廃とかされ兼ねんやろ。あの子あー見えて割と真面目やし、何より九尾会メンバーとして便宜上は発言力をもってるんやから」
 依然として私の両肩を鷲掴みしたままの宇迦さんが無駄に熱い口調で言った。
 私は微妙に心的な意味で引きながら、些か疑問に思い言い返した。
「でも、ルーシーがひとり騒いだところでどうともならないでしょ。九尾会の決定はメンバー全員で話し合って決まるんですよね? 宇迦さんを含めた残りのメンバーが反対すれば済む話じゃないですか」
 すると、目尻を下げた宇迦さんが嘆息して言う。
「せやから、ウチ以外のメンバーの過半数がルーシーちゃんに賛同する可能性があるから危惧してるんやろ」
「そうなんですか?」
 私は疑問に思った。九尾会メンバーは九匹それぞれが同等の発言力を有している事になっている。そんな方々なら、わざわざルーシーに賛同しなくても不服があるなら自分で撤廃を提案しているはずではなかろうか。そうしないのは皆ルール存続に賛成であり、撤廃には反対なのではなかろうか、と。
 しかしながら、
「鋭いな、風貍ちゃん。でも、甘いで」
 宇迦さんは得意気に鼻息荒く私の推論を否定した。
 持論を一蹴された私は首をすくめて言い返す。
「と、いいますと?」
「さっき九尾会の古株連中はルールを作る時に言いくる……説得した言うたやろ。奴らからすれば一度了承した手前、不満があっても迂闊に撤廃を口にでけへんという事情があんねん」
「つまり元々無理矢理押し通した事なので、批判的な狐(ひと)が殆どだあ゛いだただぁぁぁ゛」
 私の肩を鷲掴みにしていた宇迦さんの手が尋常ではない力で窄まり、激痛により言葉が途中で潰えてしまった。
 そこにすかさず宇迦さんが昼時に賑わう食堂には場違いなほど静かな声で囁いた。
「ちゃうで、狐界最高権力仙狐九尾会メンバーの事情は複雑やいう話やで」
 私は「……うすっ」とだけ言って頷く。
「ともかくや、ルーシーちゃんみたいな若手が声をあげたら、そうした古株連中に大義名分を与えてまうやろ? せやからそうならんように誤魔化すしかなかったんやわ」
 そうして宇迦さんは純真無垢な青年であればひと目で恋に落ちそうな眩い笑顔を見せながら、ドライアイスのように棘のある冷たい声で「わかるなあ?」と付け加えた。
 うすっ、と私は再び頷いた。
 すると宇迦さんはフフンと鼻息を漏らしたあと声色を普段の温和調に戻して、
「じゃあ、ウチがどうしてこんな話を風狸ちゃんにしたのか解るな?」
「今後ルーシーに真相がバレなよう、さっきのブラフに口裏を合わせる……ですかね?」
 私が恐る恐る答えると、宇迦さんは「あはっ」と嬉しそうに声を漏らした。しかし直ぐに態とらしく肩を落として、
「でも惜しい、八十点や。それに加えて、ウチがルーシーちゃんにハッタリかました事を九尾会の他の連中にバレんように立ち回る、ここまで出来て百点やで」
「ははっ、なるほど」
 私は思わず乾いた愛想笑いを零してしまった。そりゃそうだ、要は九尾会重鎮を騙せって事なのだから。重鎮の面々は往々にして絶大な力を持っており、そんな方々を騙すという事はその怒りを買う危険が増すと事。んなもん、リスクとして相手がルーシーなのとは比較にならず、とてもじゃないが不足していた二十点に収まり切るものではない。それにこちとら日頃労働過多で心身ともに疲弊している身で、これ以上、心的だろうと、身的だろうと、負荷が加わったらバレて事が起こる前に、私という狸が一匹、限界を迎えて自ら鍋にでも飛び込んでしまいそうである。そんなどの道アウトな詰み状態を平然と迫られてしまったら、嘆きを通り越して呆れてしまうと言うものだ。
 念のため訊いてみる。
「因みに拒否したら?」
 宇迦さんは態とらしく目を見開いて訊ね返してきた。
「何、拒否るん? もしかしてやりたない?」
「え、いや……」
 そりゃ、「やりたい」か「やりたくない」かで言ったら圧倒的に後者である。しかしながら「引き受ける」か「断る」かで言ったらこの場では前者の方を選ぶべきであろう。五体満足がモットーな狸としては、この場で両肩(ショルダー)を粉砕されるのは御免被りたい事態だからである。
 恐怖の板挟みで逡巡していると、宇迦さんは意地悪く肩を落とし如何にもな哀愁を漂わせて言った。
「そうか、嫌か……じゃあ、しゃあないな」と。
 ひぃッ、と身を硬直させながら、私は絶対的な身の危険を察知した。拙い、非常に拙い、と心臓の鼓動が跳ね上がる。今いるこの場は狐社会。そして私はそこに紛れ込んだ一匹の狸である。狐が狸を弄ぶのに、何の躊躇いが生じようか。否、ない。それを咎める狐がどれ程いようか。否、居ない。大体、相手が狐社会きっての大仙狐とあっては尚の事、どちらも望み薄であろう。
 窮地に立たされたと感じた私は、私自身を守るため涙ながらに必死で懇願する事にした。それこそ母親に叱られ絶叫しながら猛省する子供のように。如何に相手が狐とて、如何に私が狸とて、情に訴えれば(特に周囲に)幾らかこちらにも望みが見込めよう、とその一心で。
「わぁぁぁぁ、ごめんなさい、許してください」
 昼休みの平穏な食堂に響き渡る狸の泣き声。周囲の狐たちの注目が集まる。見ようによっては狸として醜態を晒すという事になるのだが、この際そういった体裁とかは気にするまい。何事も健康あってのものだねで、病院送りにされるのは真っ平御免なのだから。無茶振りしているのは宇迦さんであり、私が謝らなければならない道理など無い。なので不本意ではあった。しかしながら如何せん弱者が割を喰うのは世の常なので、そこは諦めるしかないのである。
 まあ何にせよ、とにかく私は泣き喚いた。力の限り大袈裟に。
 こうしてプライドをかなぐり捨てたかいがあってか、流石の宇迦さんも改心してくれた――のかは定かでないが、少なくとも動揺はしてくれたようで、漸くにして慌てた様子で私の両肩からその手を離してくれた。
「堪忍、堪忍や。ウチが悪かったて。何も泣くことないやろ」
 胸の前でわたわたと小刻みに手を振るわせる宇迦さん。
 ここぞとばかりに、私は目一杯涙目を見せつけて、それっぽい台詞を遠慮がちに口にした。
「だって……だって私……どうしていいのか解らなくなって……」
 宇迦さんは更に狼狽えた様子で周囲をチラ見する。視線の先にはざわつきながら此方に向けられる狐たちの目があった。
「え、ええよええよ、元はと言えばウチのミスやし、風狸ちゃんが責任感じる事ちゃうよ」
 申し訳なさそうに眉間を寄せて応じる宇迦さん。
 よし!
 私は、人知れず拳をキュっと握り胸の内で歓喜した。思惑通りと言うべきか、宇迦さんから難題のお役御免を引き出せた。これで理不尽な危険に晒され心身を損壊させずに済むというものだ。
 とはいえ安堵するのはまだ早い。狐というものは皆往々にして狡賢く、油断ならない生き物だ。しかも相手は九尾会の実質トップ宇迦之御魂神。何をどうこじつけて、再び私に迫ってくるか分かったものではないからだ。
 そんなわけで私は慎重を期して、遠慮勝ちに上目で宇迦さんを見据えながら「ホントですか? 有難うございます」と言って静かに立ち上がった。そしてそのまま間髪入れずに「じゃあ私、仕事に戻りますね」とその場を離れようとする。ほんの少し前、似たような形でこの場から去って行ったルーシーに憐憫の眼差しを向けていた身としては、些か慚愧に堪えないところである。だが、この際そこには目を瞑るしかない。つまらない誇りや後悔の念に囚われて、狸生(じんせい)を棒に振る訳にはいかないのだ。
 だから私は颯爽とその場を後にする――はずであった。実際に一歩踏み出して去り始めていた――のだが……。
 実際の私は歩みを止めてしまっていた。或いは止めざるを得なかったと言えるかもしれない。
 一体何が起きたのか。
 それはほんの些細な事だった。しかしながら私が無碍にできない事。
 宇迦さんがポツリと、呟いた事が原因だった。
「報酬はきっちり払うつもりやってんけどな……残念やわ」と。
 報酬、その甘美な言葉を聞いてしまっては、そのまま席を外す訳にはいかなかったのだ。何せ私という狸は上司である九尾の狐に安月給で従事させられており、万年金欠待ったなしという身の上。故にこの手の言葉を本能的に無下には出来ない体質だったのだ。
 気が付けば、私は元いた席に再び座り宇迦さんに訊ねていた。
「報酬というのは?」
「え? その話はもう終わったんちゃう?」
 宇迦さんに丸まった瞳を向けられるも、構わずに再度訊き直した。
「報酬とは?」
「早う仕事に戻らなアカンのとちゃう?」
「報酬は!?」
 三度目は幾分語尾を強め適切な回答を催促し、更には私の喚きで注意を向けていて周囲の狐たちに対し、一笑と共にシッシッと解散を促す仕草さえしていた。先程までその危険に怯えていたというのに、我ながら現金なやつだと自分で自分に呆れてしまう。しかしながら時に金の力は心に巣食った恐怖さえも打ち消してしまうものなので、そうした些末な葛藤は地平の彼方へぶん投げて、気にとめない事にした。
 ともかくだ、私は熱心に訊ねたわけだ。
 すると宇迦さんが小粋な笑顔を浮かべながら、何故だか私との距離を取るように仰け反って答えた。
「そ、そやな……九尾会本部(ここ)の一般事務員の平均給与くらいは月払いしよう思てたかな……」
 間髪入れずに私は言った。
「やりましょう」
「え、でも先刻(さっき)まで嫌がってんや……」
「嫌がっていましたが、やらないとは一言も言っていません。大丈夫、私こう見えて大人なので時に割り切りが必要な事を心得ていますので! いますので!!!」
 熱意を持って迫る私。ずずいと身を乗り出して宇迦さんの返答を待った。
 程なくして相変わらず上半身も仰け反らしたままの宇迦さんが答える。
「ま、まあウチとしては初めからそのつもりやったし、風狸ちゃんが構わへんならお願いしよかな」
 無事、私の熱い気持ちは伝わったらしい。
「お任せを!」
 私は弾むような声ですぐに了承し、交渉成立の握手を求め手を差し伸べるのだった。



つづく。

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#18 定例会議①

仙狐九尾会

 九尾会のメンバーは月に一度集まって会議をする。所謂、定例会議というやつで、今日はその会議の日。
 然るに私は数日前から胃腸の調子が悪く、太田胃散を手放せずにいた。
 なぜなら九尾会を構成する九匹の狐たちは皆往々にして化物じみており、か弱き狸の私としては、何処ぞのフェネックを除けば共に居るだけで精神を鑿で削り取られる想いになり、それを想像するだけで私の胸には憂鬱が込み上げてくるからだ。
 はぁ……
 今日、何度目になるだろうか。普段とは違い着慣れないビジネススーツに身を包んだ私は会議室への道すがら、ひと目を憚らず盛大に嘆息してみせた。
「ちょっと……あからさまな溜息やめてくれる……。唯でさえローテンションなのに余計陰気が増すでしょ」
 そう漏らして半目を向けてきたのは、フランス人形が着ていそうなゴスロリ衣装に身を包んだ何処ぞのフェネックことルーシーであった。
「だってぇ……」
 私は愚痴っぽく言いかけてみたものの、その後の言葉は口から飛び出す前にぐっと呑み込んだ。現在ルーシーは私同様に鬱ぎ込んでいたが、その理由は私とは異なるものであり、さらにそれは私とは対局にあるものだったので、愚痴ったところで同情も同意も得られないと判断したからだ。
 ルーシーとはつい先程、ロビーでたまたま会った。互いに同じ場所を目指しており、それは言うなれば学生が登校時にばったりクラスメイトに遭遇するようなもの。よくある偶然であった。
 その時既に私は気落ちしていたわけだが、ルーシーはそんな事もなく、なんだったら寧ろ活力に溢れているくらいであった。
 そんなルーシーが彼女曰くのローテンションになったのは、私が我が上司の欠席を伝えた時であった。それはそれは見事な迄の変容っぷりで、まるで山の天気の移り変わりを見ているようであった。まあ我が上司はめったに仕事場に顔を出さない狐であり、ルーシーは我が上司を異常なまでに慕っている事を考えれば、その落胆っぷりは解らなくもなかった。
 しかしながら、たればこそ私は今の心境でルーシーと相容れる事が出来ないと察してしまうのである。
 なぜなら私が気落ちしている原因は定例会議に出席しなければならないからであり、それは我が上司が会議をバックレたのが発端だからである。
 要するにルーシーのは楽しみが奪われた落胆であり、私のは不幸が舞い降りた感嘆、根本的に違うというわけだ。
 もっとも、ルーシーもその辺は理解しているのだろう。
「いい加減に慣れなさいよ、初めてでもあるまいし」
 素っ気なくも先輩風を吹かすように私を睨んできた。
「初めてじゃないからこそだよ」
 私は短く答えた。
「それにしたって、そろそろ慣れろって話よ」
「無理だよ、あのヒトたちの威圧感ハンパないじゃん」
「気にし過ぎだっての。威圧感ったって、別にアンタに向けられているわけじゃないんだから、無視しときゃいいのよ。それに意識同調(シンクロ)した式神の使用が認められている事だし、半数以上が本狐(ほんにん)そのものじゃなかったりするでしょうに。人形相手だと思えばいいのよ」
「そりゃ、そうかもだけどさ……実際問題としてあのヒトたち、術のキレが良すぎて本物と式神の区別がつかないんだもん、割り切れないよ」
「だったら修行でも何でもして見分けられるようになりなさいよ。努力不足を言い訳にしなさんな」
「いくら努力しても一向に見分けられる気がしないって言ってるの。もー、そんなん言うんだったらルーシー、なんかコツとかあるなら教えてよ」
 ルーシーは目を反らして裏声混じりで答えた。
「………そ、そんなのアレよ、気合いよ気合い」
 どうやらルーシーも見分けはついていないらしい。呆れた私は、そうなんだ……、と素っ気なく返してやった。

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