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仙狐九尾会

#17 ピンチの後にはアレがある。

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「今なんて?」
 私は反射的にそう漏らしていた。傍らには宇迦さんしかいない。ましてやその言葉は直前に彼女の口をついて出た台詞を受けてのもの。その言葉が自分に向けられたものであると、彼女が察するのは必然であった。
「おっと、今のは失言やったな……」
 宇迦さんがポツリと言って微笑んだ。訛り言葉と相まって京美人を思わせる清楚で上品なそれは、同時にドス黒いなにかが纏わりつく悪魔の微笑にも思えた。
 ……なんだかイヤな予感がする。
「いえ、私は何も……」
「そやねん、実は理由がない言うのはウソやねん」
 私は何も聞いていない、と言いたかったのに、一足早く宇迦さんから望んでもいないカミングアウトを受けてしまう。しかも彼女に両肩をガッチリと鷲掴み(ホールド)されながら。
「実はな、あのルールやけど、ウチが大昔に作ったものなん。実は理由もちゃんとあるんよ」
 宇迦さんは饒舌に語っていく。その口ぶりに迷いはなく、まるで私からそれを望まれたかのように雄弁だった。
 直感でそれ以上聞いたら面倒な事になると思った。
「……あの、私このあと用事があ……」
 どうにかその場から立ち去ろうと切り出したが、宇迦さんに「シャラップ!」の一言で言い終わるよりも早く却下される。その時向けられた彼女の瞳は捕食者を連想させる肌寒さが宿っており、私は蛇に睨まれた蛙の如く硬直して口を噤むしかなかった。
 そんな私に宇迦さんは何事もなかったかのように再び雄弁に語りだした。
「で理由言うんがな、“かわいい”からなんよ」
 私は戸惑った。張り詰めた緊張の中にいた分、余計にその理由の意味に困惑していた。
「か、かわいい?」
 そや、と頷いた宇迦さんはここではない何処かを見るようにうっとりとした目を見せて言う。
「狐が化けたヒトの姿って、女も男もかわいい子多いやん。ウチはそんな子らを眺めるのが好きなんよ」
 宇迦さんに両肩をガッチリとホールドされているからだろうか、そこはかとなく先程までとは違った意味で身の危険を感じてしまう。
「せやからな、その昔、当時の九尾会メンバーを言いくるめ……説得してこのルール作ったんよ」
「今、言いくるめてって言おうとしませんでした?」
「言ってへんよ。それよりこのルール、もともと獣耳(みみ)と尻尾は出ててもOKだったんは知ってる?」
「何で急にそんな事訊くんです?」
「やっぱり狐っ子は獣耳と尻尾が付いていてこそ、かわいさに磨きがかかるというもんや。せやから昔は認めててん、というか寧ろ推奨してたんや。けどな、ある時獣耳と尻尾を隠し忘れて人里におりてトラブった狐がおってん。それ以来、みんなうっかりミスを無くすため普段から獣耳と尻尾を隠すようになってもうたんよ」
 宇迦さんは時折挟んだ私の質問をナチュラルに無視して、畳み掛けるように話を進めていく。
「まあ狐たちの安全のためやし、そこは折れたるわ。でもな、ヒトに化ける事は譲れへん。狐っ子を愛でるのはウチの楽しみ、否、生き甲斐と言っても過言ではないさかい。せやから死守せなあかんねや」
 この狐は一体何を言っているのだ……?、と本質的な部分に疑問を懐きながら、それを口にする事の無意味さ、危うさをそこはかとなく察した私は、代わりに恐る恐る言う。
「だったら初めからそう言ってくれれば……」
「何言ってんねん。風貍ちゃんならともかく、ルーシーちゃんにこんなん知られたらルールの撤廃とかされ兼ねんやろ。あの子あー見えて割と真面目やし、何より九尾会メンバーとして便宜上は発言力をもってるんやから」
 依然として私の両肩を鷲掴みしたままの宇迦さんが無駄に熱い口調で言った。
 私は微妙に心的な意味で引きながら、些か疑問に思い言い返した。
「でも、ルーシーがひとり騒いだところでどうともならないでしょ。九尾会の決定はメンバー全員で話し合って決まるんですよね? 宇迦さんを含めた残りのメンバーが反対すれば済む話じゃないですか」
 すると、目尻を下げた宇迦さんが嘆息して言う。
「せやから、ウチ以外のメンバーの過半数がルーシーちゃんに賛同する可能性があるから危惧してるんやろ」
「そうなんですか?」
 私は疑問に思った。九尾会メンバーは九匹それぞれが同等の発言力を有している事になっている。そんな方々なら、わざわざルーシーに賛同しなくても不服があるなら自分で撤廃を提案しているはずではなかろうか。そうしないのは皆ルール存続に賛成であり、撤廃には反対なのではなかろうか、と。
 しかしながら、
「鋭いな、風貍ちゃん。でも、甘いで」
 宇迦さんは得意気に鼻息荒く私の推論を否定した。
 持論を一蹴された私は首をすくめて言い返す。
「と、いいますと?」
「さっき九尾会の古株連中はルールを作る時に言いくる……説得した言うたやろ。奴らからすれば一度了承した手前、不満があっても迂闊に撤廃を口にでけへんという事情があんねん」
「つまり元々無理矢理押し通した事なので、批判的な狐(ひと)が殆どだあ゛いだただぁぁぁ゛」
 私の肩を鷲掴みにしていた宇迦さんの手が尋常ではない力で窄まり、激痛により言葉が途中で潰えてしまった。
 そこにすかさず宇迦さんが昼時に賑わう食堂には場違いなほど静かな声で囁いた。
「ちゃうで、狐界最高権力仙狐九尾会メンバーの事情は複雑やいう話やで」
 私は「……うすっ」とだけ言って頷く。
「ともかくや、ルーシーちゃんみたいな若手が声をあげたら、そうした古株連中に大義名分を与えてまうやろ? せやからそうならんように誤魔化すしかなかったんやわ」
 そうして宇迦さんは純真無垢な青年であればひと目で恋に落ちそうな眩い笑顔を見せながら、ドライアイスのように棘のある冷たい声で「わかるなあ?」と付け加えた。
 うすっ、と私は再び頷いた。
 すると宇迦さんはフフンと鼻息を漏らしたあと声色を普段の温和調に戻して、
「じゃあ、ウチがどうしてこんな話を風璃ちゃんにしたのか解るな?」
「今後ルーシーに真相がバレなよう、さっきのブラフに口裏を合わせる……ですかね?」
 私が恐る恐る答えると、宇迦さんは「あはっ」と嬉しそうに声を漏らした。しかし直ぐに態とらしく肩を落として、
「でも惜しい、八十点や。それに加えて、ウチがルーシーちゃんにハッタリかました事を九尾会の他の連中にバレんように立ち回る、ここまで出来て百点やで」
「ははっ、なるほど」
 私は思わず乾いた愛想笑いを零してしまった。そりゃそうだ、要は九尾会重鎮を騙せって事なのだから。重鎮の面々は往々にして絶大な力を持っており、そんな方々を騙すという事はその怒りを買う危険が増すと事。んなもん、リスクとして相手がルーシーなのとは比較にならず、とてもじゃないが不足していた二十点に収まり切るものではない。それにこちとら日頃労働過多で心身ともに疲弊している身で、これ以上、心的だろうと、身的だろうと、負荷が加わったらバレて事が起こる前に、私という狸が一匹、限界を迎えて自ら鍋にでも飛び込んでしまいそうである。そんなどの道アウトな詰み状態を平然と迫られてしまったら、嘆きを通り越して呆れてしまうと言うものだ。
 念のため訊いてみる。
「因みに拒否したら?」
 宇迦さんは態とらしく目を見開いて訊ね返してきた。
「何、拒否るん? もしかしてやりたない?」
「え、いや……」
 そりゃ、「やりたい」か「やりたくない」かで言ったら圧倒的に後者である。しかしながら「引き受ける」か「断る」かで言ったらこの場では前者の方を選ぶべきであろう。五体満足がモットーな狸としては、この場で両肩(ショルダー)を粉砕されるのは御免被りたい事態だからである。
 恐怖の板挟みで逡巡していると、宇迦さんは意地悪く肩を落とし如何にもな哀愁を漂わせて言った。
「そうか、嫌か……じゃあ、しゃあないな」と。
 ひぃッ、と身を硬直させながら、私は絶対的な身の危険を察知した。拙い、非常に拙い、と心臓の鼓動が跳ね上がる。今いるこの場は狐社会。そして私はそこに紛れ込んだ一匹の狸である。狐が狸を弄ぶのに、何の躊躇いが生じようか。否、ない。それを咎める狐がどれ程いようか。否、居ない。大体、相手が狐社会きっての大仙狐とあっては尚の事、どちらも望み薄であろう。
 窮地に立たされたと感じた私は、私自身を守るため涙ながらに必死で懇願する事にした。それこそ母親に叱られ絶叫しながら猛省する子供のように。如何に相手が狐とて、如何に私が狸とて、情に訴えれば(特に周囲に)幾らかこちらにも望みが見込めよう、とその一心で。
「わぁぁぁぁ、ごめんなさい、許してください」
 昼休みの平穏な食堂に響き渡る狸の泣き声。周囲の狐たちの注目が集まる。見ようによっては狸として醜態を晒すという事になるのだが、この際そういった体裁とかは気にするまい。何事も健康あってのものだねで、病院送りにされるのは真っ平御免なのだから。無茶振りしているのは宇迦さんであり、私が謝らなければならない道理など無い。なので不本意ではあった。しかしながら如何せん弱者が割を喰うのは世の常なので、そこは諦めるしかないのである。
 まあ何にせよ、とにかく私は泣き喚いた。力の限り大袈裟に。
 こうしてプライドをかなぐり捨てたかいがあってか、流石の宇迦さんも改心してくれた――のかは定かでないが、少なくとも動揺はしてくれたようで、漸くにして慌てた様子で私の両肩からその手を離してくれた。
「堪忍、堪忍や。ウチが悪かったて。何も泣くことないやろ」
 胸の前でわたわたと小刻みに手を振るわせる宇迦さん。
 ここぞとばかりに、私は目一杯涙目を見せつけて、それっぽい台詞を遠慮がちに口にした。
「だって……だって私……どうしていいのか解らなくなって……」
 宇迦さんは更に狼狽えた様子で周囲をチラ見する。視線の先にはざわつきながら此方に向けられる狐たちの目があった。
「え、ええよええよ、元はと言えばウチのミスやし、風璃ちゃんが責任感じる事ちゃうよ」
 申し訳なさそうに眉間を寄せて応じる宇迦さん。
 よし!
 私は、人知れず拳をキュっと握り胸の内で歓喜した。思惑通りと言うべきか、宇迦さんから難題のお役御免を引き出せた。これで理不尽な危険に晒され心身を損壊させずに済むというものだ。
 とはいえ安堵するのはまだ早い。狐というものは皆往々にして狡賢く、油断ならない生き物だ。しかも相手は九尾会の実質トップ宇迦之御魂神。何をどうこじつけて、再び私に迫ってくるか分かったものではないからだ。
 そんなわけで私は慎重を期して、遠慮勝ちに上目で宇迦さんを見据えながら「ホントですか? 有難うございます」と言って静かに立ち上がった。そしてそのまま間髪入れずに「じゃあ私、仕事に戻りますね」とその場を離れようとする。ほんの少し前、似たような形でこの場から去って行ったルーシーに憐憫の眼差しを向けていた身としては、些か慚愧に堪えないところである。だが、この際そこには目を瞑るしかない。つまらない誇りや後悔の念に囚われて、狸生(じんせい)を棒に振る訳にはいかないのだ。
 だから私は颯爽とその場を後にする――はずであった。実際に一歩踏み出して去り始めていた――のだが……。
 実際の私は歩みを止めてしまっていた。或いは止めざるを得なかったと言えるかもしれない。
 一体何が起きたのか。
 それはほんの些細な事だった。しかしながら私が無碍にできない事。
 宇迦さんがポツリと、呟いた事が原因だった。
「報酬はきっちり払うつもりやってんけどな……残念やわ」と。
 報酬、その甘美な言葉を聞いてしまっては、そのまま席を外す訳にはいかなかったのだ。何せ私という狸は上司である九尾の狐に安月給で従事させられており、万年金欠待ったなしという身の上。故にこの手の言葉を本能的に無下には出来ない体質だったのだ。
 気が付けば、私は元いた席に再び座り宇迦さんに訊ねていた。
「報酬というのは?」
「え? その話はもう終わったんちゃう?」
 宇迦さんに丸まった瞳を向けられるも、構わずに再度訊き直した。
「報酬とは?」
「早う仕事に戻らなアカンのとちゃう?」
「報酬は!?」
 三度目は幾分語尾を強め適切な回答を催促し、更には私の喚きで注意を向けていて周囲の狐たちに対し、一笑と共にシッシッと解散を促す仕草さえしていた。先程までその危険に怯えていたというのに、我ながら現金なやつだと自分で自分に呆れてしまう。しかしながら時に金の力は心に巣食った恐怖さえも打ち消してしまうものなので、そうした些末な葛藤は地平の彼方へぶん投げて、気にとめない事にした。
 ともかくだ、私は熱心に訊ねたわけだ。
 すると宇迦さんが小粋な笑顔を浮かべながら、何故だか私との距離を取るように仰け反って答えた。
「そ、そやな……九尾会本部(ここ)の一般事務員の平均給与くらいは月払いしよう思てたかな……」
 間髪入れずに私は言った。
「やりましょう」
「え、でも先刻(さっき)まで嫌がってんや……」
「嫌がっていましたが、やらないとは一言も言っていません。大丈夫、私こう見えて大人なので時に割り切りが必要な事を心得ていますので! いますので!!!」
 熱意を持って迫る私。ずずいと身を乗り出して宇迦さんの返答を待った。
 程なくして相変わらず上半身も仰け反らしたままの宇迦さんが答える。
「ま、まあウチとしては初めからそのつもりやったし、風璃ちゃんが構わへんならお願いしよかな」
 無事、私の熱い気持ちは伝わったらしい。
「お任せを!」
 私は弾むような声ですぐに了承し、交渉成立の握手を求め手を差し伸べるのだった。



つづく。
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