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きつねのかがりび(仮)

三尾

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 ―――あれから小一時間が過ぎていた。唐突にあと三日の余命宣告を受けてから小一時間だ。未だその原因たる我が左腕の呪いの文様は健在。然るにそれは残り僅かとなった我が余命の消費量と同義とも言えるだろう。
 そうした状況の中、俺は……俺達は駅前広場の端にある小さな喫茶店にいた。
 ここで言う俺達とは、当然ながら俺とたまもの二人を指している。それは他に利用客が居ない貸し切り状態の店内を見渡しても明らかで否定しようのない事実だ。
 神社にて語らっていたはずの俺達が、なぜ故このような場所に居を移したのかというと、それは他でもない、たまもがそれを望んだからである。
 俺が絶望に打ちひしがれた後、僅かな希望の下たまもに助けを求めたところ、彼女は突然「腹が減った」と言い出したのだ。
 一秒でも惜しいこの一大事に何事かと訊ねると、たまもは屈託のない笑みを浮かべてこう言った。
「誰かに何かを求める時、お主は手ぶらで頼むのか? まして妾は妖(あやかし)じゃ。妖相手の取引を、まさか無償で済ませられると思ってはいまいな?」
 要約すると、助けてやるから飯を奢れ、って事だ。
 追い詰められた人間を前に何を言い出すのか、と思わなかったと言えば嘘になる。しかしながら妖怪相手に無償の協力を得られるとも思っていないので、そこはやぶさかではなかった。それにその時の俺は絶望による動揺もあってか、たまもが希望を授ける女神に見えており、寧ろちょっとばかし食事を謙譲するだけで救われるのなら安いものだ、くらいにはポジティブに捉えていた。
 そんなわけで俺はたまもの要求を受諾、場所を移動したというわけだ。
 この喫茶店を選んだのには特に意味はない。たまたま目に止まった店を俺が提案し、たまもがそれを受け入れた結果だ。まあ敢えて気にかけた事と言えば、そのまま妖怪談義に突入する可能性が高いため、なるべくひと目(特に身近な学校関係者)につかないよう、メジャーどころは避けるといった事くらいか。それでもシックなインテリアで統一されクラシック音楽が静かに流れる店内は、なかなかどうして悪くない。そのうえ各種値段の方も学生目線で良心的な設定だった。切羽詰まった身の上でなければ「隠れた穴場、見つけたり」とほくそ笑むくらいには良店だったと言えよう。
 ようするに何が言いたいかというと、場所を移した事も、この場(喫茶店)を選んだ事も、そしてこの店自体にも不満などは無かったわけである。
 しかしながら俺は今、些か不機嫌に注文したダージリン紅茶を啜っていた。因みに俺は珈琲と紅茶であれば紅茶派だ。そしてこの店の紅茶は香りが立っていて実に味わい深かった。店ならびに紅茶に罪はない。
 では俺は何に腹を立てていたのか。それは言うまでもなく、たまもにであった。
 それは遡ること、俺達ふたりがこの喫茶店の出入り口ドアを潜って間もない時から始まっていた。
 狐というものは遠慮という言葉をしらないのか、はたまた白面金毛九尾というものがそうなのか。このたまもときたら、学生アルバイト風のウェイトレスから窓際のテーブル席に案内されるや否や、そのメニューを物色し次々と注文。あっという間にテーブルの上を各種料理で埋め尽くさせてしまったのである。それこそ一分の迷いもないといった感じで。
 一介の高校生でしかない俺がこの支払を賄うと考えたら、これは由々しき事態である。この時点で既に俺の胸中では火種が燻り始めていた。とは言え、それでもこれは自分の命が掛かった重大問題である。命の重みと財布の重さ、どちらが大事かと言えば、やはり命である。時にそれが問題解決に必要な経費であるならば、財布の紐を緩めるのも必要不可欠な生きる術である。つまりは、これはきっかけに過ぎず真に問題があったのは、このあとの事であったのだ。
 品物の数々を運んできたウェイトレスが少し疲れた様子で軽くお辞儀をしてはけて行くのをよそに、たまもはもしゃもしゃと食事を開始した。彼女の食べっぷりは、それはもう見事なものであり、育ち盛りの屈強な体育会系男子でも完食は難しいと思われる量の料理の数々を見る見るうちに平らげていく。完食まで、まさにあっという間の出来事であった。満足そうに腹を擦りながら「ふぃ~」と息を洩らすその姿にはある種の貫禄さえ備わって見えたくらいだ。
 そして問題が起こった。正確には問題発言があったと言うべきか。
「あ、そうそう。その呪いじゃが、妾にはどうにも出来ん」
 不意にたまもがそう言いやがったのだ。それは唇をナポリタンのトマトソースでテカらせながら、事のついでのような言いっぷりだった。
 俺は事態を呑み込めず、呑み込みたくなく、暫く沈黙。ようやく口をついて出たのが「いま何と?」であった。
「いや、じゃから。お主の呪いは、妾にはどうにも出来ぬのよ。あっはっはっ」
 返って来たのは呑気に高笑いまで見せるたまもの姿。実に不届き千万である。流石に眉根を寄せて荒ぶらずにはいられなかった。
 かくして俺は一旦気持ちを落ち着かせるため、ティーカップに手を伸ばしていたわけだ。
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