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きつねのかがりび(仮)

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三尾

きつねのかがりび(仮)

 ―――あれから小一時間が過ぎていた。唐突にあと三日の余命宣告を受けてから小一時間だ。未だその原因たる我が左腕の呪いの文様は健在。然るにそれは残り僅かとなった我が余命の消費量と同義とも言えるだろう。
 そうした状況の中、俺は……俺達は駅前広場の端にある小さな喫茶店にいた。
 ここで言う俺達とは、当然ながら俺とたまもの二人を指している。それは他に利用客が居ない貸し切り状態の店内を見渡しても明らかで否定しようのない事実だ。
 神社にて語らっていたはずの俺達が、なぜ故このような場所に居を移したのかというと、それは他でもない、たまもがそれを望んだからである。
 俺が絶望に打ちひしがれた後、僅かな希望の下たまもに助けを求めたところ、彼女は突然「腹が減った」と言い出したのだ。
 一秒でも惜しいこの一大事に何事かと訊ねると、たまもは屈託のない笑みを浮かべてこう言った。
「誰かに何かを求める時、お主は手ぶらで頼むのか? まして妾は妖(あやかし)じゃ。妖相手の取引を、まさか無償で済ませられると思ってはいまいな?」
 要約すると、助けてやるから飯を奢れ、って事だ。
 追い詰められた人間を前に何を言い出すのか、と思わなかったと言えば嘘になる。しかしながら妖怪相手に無償の協力を得られるとも思っていないので、そこはやぶさかではなかった。それにその時の俺は絶望による動揺もあってか、たまもが希望を授ける女神に見えており、寧ろちょっとばかし食事を謙譲するだけで救われるのなら安いものだ、くらいにはポジティブに捉えていた。
 そんなわけで俺はたまもの要求を受諾、場所を移動したというわけだ。
 この喫茶店を選んだのには特に意味はない。たまたま目に止まった店を俺が提案し、たまもがそれを受け入れた結果だ。まあ敢えて気にかけた事と言えば、そのまま妖怪談義に突入する可能性が高いため、なるべくひと目(特に身近な学校関係者)につかないよう、メジャーどころは避けるといった事くらいか。それでもシックなインテリアで統一されクラシック音楽が静かに流れる店内は、なかなかどうして悪くない。そのうえ各種値段の方も学生目線で良心的な設定だった。切羽詰まった身の上でなければ「隠れた穴場、見つけたり」とほくそ笑むくらいには良店だったと言えよう。
 ようするに何が言いたいかというと、場所を移した事も、この場(喫茶店)を選んだ事も、そしてこの店自体にも不満などは無かったわけである。
 しかしながら俺は今、些か不機嫌に注文したダージリン紅茶を啜っていた。因みに俺は珈琲と紅茶であれば紅茶派だ。そしてこの店の紅茶は香りが立っていて実に味わい深かった。店ならびに紅茶に罪はない。
 では俺は何に腹を立てていたのか。それは言うまでもなく、たまもにであった。
 それは遡ること、俺達ふたりがこの喫茶店の出入り口ドアを潜って間もない時から始まっていた。
 狐というものは遠慮という言葉をしらないのか、はたまた白面金毛九尾というものがそうなのか。このたまもときたら、学生アルバイト風のウェイトレスから窓際のテーブル席に案内されるや否や、そのメニューを物色し次々と注文。あっという間にテーブルの上を各種料理で埋め尽くさせてしまったのである。それこそ一分の迷いもないといった感じで。
 一介の高校生でしかない俺がこの支払を賄うと考えたら、これは由々しき事態である。この時点で既に俺の胸中では火種が燻り始めていた。とは言え、それでもこれは自分の命が掛かった重大問題である。命の重みと財布の重さ、どちらが大事かと言えば、やはり命である。時にそれが問題解決に必要な経費であるならば、財布の紐を緩めるのも必要不可欠な生きる術である。つまりは、これはきっかけに過ぎず真に問題があったのは、このあとの事であったのだ。
 品物の数々を運んできたウェイトレスが少し疲れた様子で軽くお辞儀をしてはけて行くのをよそに、たまもはもしゃもしゃと食事を開始した。彼女の食べっぷりは、それはもう見事なものであり、育ち盛りの屈強な体育会系男子でも完食は難しいと思われる量の料理の数々を見る見るうちに平らげていく。完食まで、まさにあっという間の出来事であった。満足そうに腹を擦りながら「ふぃ~」と息を洩らすその姿にはある種の貫禄さえ備わって見えたくらいだ。
 そして問題が起こった。正確には問題発言があったと言うべきか。
「あ、そうそう。その呪いじゃが、妾にはどうにも出来ん」
 不意にたまもがそう言いやがったのだ。それは唇をナポリタンのトマトソースでテカらせながら、事のついでのような言いっぷりだった。
 俺は事態を呑み込めず、呑み込みたくなく、暫く沈黙。ようやく口をついて出たのが「いま何と?」であった。
「いや、じゃから。お主の呪いは、妾にはどうにも出来ぬのよ。あっはっはっ」
 返って来たのは呑気に高笑いまで見せるたまもの姿。実に不届き千万である。流石に眉根を寄せて荒ぶらずにはいられなかった。
 かくして俺は一旦気持ちを落ち着かせるため、ティーカップに手を伸ばしていたわけだ。

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四尾

きつねのかがりび(仮)

 アンガーマネジメントなる分野に於いて曰く、人の怒りのピークというのは六秒程しか持続しないというのが通説らしい。なんでも、その六秒さえ乗り切れば理性を持って怒りを押さえ込む事が出来るとか。口周りのトマトソースを紙ナプキンで乱雑に拭き取るたまもを尻目にダージリン紅茶を口に含み其の味わいを噛み締めると、六秒という時間は思いの外容易にやり過ごす事が出来た。それが功を奏したのか否かは凡庸の学生たる俺には計り知れないところであるのだが、少なくとも感情に流され我を失わずに済んだのは確かであった。
 それでも腹の底に燃え広がった怒りが完全に鎮火したわけではない。話が違うと抗議する俺の言葉の節々には鋭利な刃物のような角が立っていた。
「まあ、落ち着け。話はまだ終わっておらぬ」
 たまもは穏やかな笑みを浮かべて窘めるようにそう言った。それは本来ならば整った顔立ちと相まって俺を鎮静するのに絶大な癒し効果を発揮したのかもしれない。しかしながら如何せん先にも述べた通り、口の周りをナポリタンのトマトソースでぎっとりとテカらせており、その上膨れた腹を労りたいのか、大股開きで椅子の背もたれに体を預けながらの事であった為、癒やしではなく逆撫でにしかなっていなかったというのが実情である。当然ながら説得力にも欠けるその言葉に、俺の血圧は再び急上昇を余儀なくされていた。
 それでも人には何事に対しても耐性と言うものが備わっているらしく、どうにか話の席に着く程度には気持ちを抑えられた俺。そのまま経緯を見守る事にすると、たまもは備え付けの紙ナプキンをさっと手に取り口の周りを乱暴に拭き回してから言った。
「そもそも『呪い』というのは、《かける》よりも《解く》方が難しいのじゃよ。如何に白面金毛九尾たる妾と言えど、そう安々と他者の施した呪いを解く事など出来ぬのじゃ」
「……そういうもんですか」
 俺は不満げにそう返した。呪いに関する知識のない俺である。そう言われてしまっては受け入れる他ないわけだが、だからと言って報酬を支払った後に無理だと言われたことに対する納得とは成り得ないのだ。
 そんな俺のつれない態度を特に気にすることも無く、たまもは更に説明を続けた。
「呪いというのは術式と呼ばれる妖力だったり霊力を特定の作用を齎すように組み上げられたプログラムの一種じゃ。組み上げるのも当然ながら力量を求められるのじゃが、一度組み上げられた術式をなかった事にするのはさらなる力量を求められるのじゃ。妖力、霊力は使い方によっては奇跡に等しい事象を起こすことも可能な力。術式とはそんな力が複雑に干渉しあい保たれておる状態じゃから、下手に弄ってそのバランスを崩しでもしたら何が起こるか分からん。つまり解除する場合は適切に処置せねば危険というわけよ。故に術式解除(それ)は組み上げる事よりも難しくなるのじゃ」
「積み上げられた積み木を倒壊させずに解体するのは積み上げる時より難しい、みたいな感じですか?」
「まあ、そんなところかのぉ。加えていうなら今回は見ず知らずの輩が組んだ術式じゃ。解除となれば、製作者の癖や性格も分からんノーヒント状態でプログラム構成を読み解くところから始めなけりゃならんわけじゃから、一層難易度が高いと言える。その意味では立体パズルを倒壊させずに解体すると言った方が正しいかも知れぬな」
 なるほど、確かにそれは大変そうだ。難儀な事なのは解った。とは言え、納得はいかない。なぜならそれは事前に解っていたはずの事だからだ。初めから無理だと解っていたのなら、たまもは何故ゆえ見返りを要求したのか。しかも前払いのような形で。出来ないと解っていながら報酬だけ支払わせようとするのは詐欺にも等しい行為である。そんな事をされて納得など出来ようはずがないからな。
 そうした不服の思いもあってか、俺は少しばかり意地悪く、「さしもの白面金毛九尾もお手上げってわけですね」と落胆の声を上げた。
 するとたまもが唐突にドスの利いた声で「あ゛ん゛だって?」と俺を睨みつけてきた。
 突然の変貌と背筋が凍るような迫力に俺は思わず身をそらしてしまう。
「勘違いするな! 確かにどうにも出来んとは言ったが、それはお主の余命が三日程という時間制限があるからじゃ! 別に解けぬとは言っとらんわ!」
 テーブル越しに身を乗り出したたまもが俺の鼻先に細い人差し指を向けながら、今にも突付かんとばかりに迫ってくる。流石は白面金毛九尾と言うべきか、可憐な少女姿とは思えぬ程その威圧は凄まじく、俺は即座に両手の平を向けて降伏のポーズをとるしかなかった。
 更にたまもはまくし立てる。
「よいか!? 妾程の妖になれば、その程度の呪いなんぞ5日も有れば余裕で解析から解除まで終わらせられるんじゃからな!! 解ったか!!!」
 どうやら、俺の軽はずみな言動が大妖怪としてのプライドに傷をつけてしまった様子である。俺は困惑と後悔の味を噛み締めながら力無く「はい」と答えた。
 ともあれ、そういった時間制限を設ける事で解除無効化を避けようとしている、と考えるならば、それは最早解けないと同義ではなかろうか。たまもの主張には些か疑問が湧く。
「阿呆! お主の余命が短いのは、呪いの所為と言うよりはお主自身の霊力(力)の強大さ故じゃ。だから、断じて妾がその呪いに対し遅れを取っているというわけではないのじゃ」
 俺はまたもや言動を誤ってしまったらしい。たまもから発せられる言い知れぬ重苦しい空気に気圧されそうになる。
 そんな折、躍起になるたまもの言葉でふと気になる箇所があったので、俺はそれを恐る恐る訊き返した。
「俺の霊力(力)の強大さ故?」
 だいぶ気が立っていたようで、たまもはすぐには答えなかった。だが、流石は見た目少女でも年長で大人な白面金毛九尾というべきだろうか、ガブリとグラスの水を飲み干すと何事も無かったかのように元の口調で語り出した。
「お主のその呪いじゃが、実は少々変わっていてな。その動力源にお主自身の霊力(力)を使っているようなのじゃ」
「それが俺の余命にどう関係しているんです?」
 話の見えない俺が更に訊ねると、
「本来、霊力というのは呪いなどの怪奇障害に対して、抵抗力として働くものなのじゃ。無論完璧に防げるものでは無いが、それでも霊力が高ければ高い程、そうした障害に対する耐性が強い事に代わりはない。つまり本来ならばお主のように霊力の高い者は時間的猶予がもっとあって然るべきなのじゃ。じゃが、その呪いは本来抵抗力となる筈のお主の霊力を逆に利用して効力を増しておる。故に霊力が強ければ強い程供給されるエネルギーが多くなってしまう為、本来とは逆の効果を発揮してしまっておるのじゃよ。おまけに本来抵抗力に割り当てられるはずの霊力が呪いに吸われる分少なくなるわけじゃから、更にその効果は著明。故に呪いの強力化と抵抗力の低下というダブル効果でお主の余命は極端に短くなっとるというわけじゃよ」
 なるほど、俺は小さく頷いた。要するに霊力が強い者ぼど呪いが強力になり、死ぬのもまた早くなると言うわけか。まさに一石二鳥って感じだ。なんて洗礼された恐ろしい呪いなのだろう。あの一つ目妖怪の野郎はあんな知能低そうな形をしていた割に、呪いに相当精通した頭の切れる奴だったというわけだ。
「いや、そうとも限らんのじゃ……」
 得心する俺にたまもは渋い顔で異議を唱えると、どっかりと椅子の背に凭れかかった。
「実はこの呪い、複雑な術式プログラムを組み込み高度化している割に殺傷能力自体は然程でもないのじゃ。それにこれだけ複雑な構造の呪いとなると初期起動はもちろん発動を維持するだけでも相当量のエネルギーが必要になる。相手の霊力にそれら全てを依存するというのは余りにも無謀なんじゃよ。何せ皆が皆、強力な霊力を持っているとは限らん。はっきり言ってここまで複雑だと、少し霊感が強い程度では発動に漕ぎ着けんし、発動したとしても相手が並みの霊媒師レベルでは殺害に至るまでの効果は得られんじゃろう。つまり手間のわりに高確率で不発に終わってしまうっちゅう代物じゃ。こんな欠陥品とも言える非効率的な術式をわざわざ呪術精通者が好き好んで使うとも思えんのじゃよ」
「なるほど」と俺はとりあえず相槌を打つ。
「まあ無論、特定の状況やターゲットを絞って狙ったのだとすればそれも有りなのじゃが……お主の話を聞く限りでは、どう考えても突発的な遭遇にしか思えんし……ならば殊更こんな使い勝手の悪い呪いなど使わんじゃろうて。じゃがな……」
 たまもは指し手に困った棋士のように腕組みをして、怪訝そうに顔を曇らせていた。
「一つ目妖怪(アイツ)が単に馬鹿で間抜けな妖怪だっただけじゃないですか?」
 俺が問うと、たまもはじっとりとした視線をこちらへ向け、テストで難問に遭遇した学生のような顔をする。
「それはそれで腑に落ちぬのよ。さっき言った通りその呪い、構造的にはかなり複雑で高度な部類の代物じゃ。そんなものを扱う輩がそんな馬鹿では余計辻褄が合わんと思わぬか?」
「なら、一つ目妖怪(アイツ)はやっぱり凄い妖怪で、俺の霊力の強さを見据えてこの呪いを選んだって事なんじゃ……」
 そんな消去法で結論じみた俺の意見もたまもは「それは無いと」断じるように否定する。
「お主の霊力値の高さを容易に見抜ける程の者ならば、先ずこの手の呪いは使わぬからじゃ」
 ありゃと思い、俺は小首を傾げた。
「意味が解りませんよ。霊力高い奴程ダメージデカくなる呪いでしょ。俺なら真っ先に選択(セレクト)しますよ」
「阿呆じゃなお主は……」
 たまもは呆れるようにそう漏らすと、
「よいか、霊力が高ければ高い程、その道(・・・)に精通していると考えるのが普通じゃろうが。であるならば、当然こんな相手の霊力次第なんて欠陥品では容易に打開されてしまうと考えるのが妥当なのじゃ」
 たまもの説明に少々納得のいかない俺。阿呆呼ばわりされて少しムッとしたのもあり、少し意地悪く言い返す。
「たまもさんにも解除不可能な呪いなんですよね? 容易に打開っておかしくありません?」
「やはりお主は阿呆じゃな!」
 たまもはギロリと俺を睨みながら、僅かに声を震わせそう言った。
 俺は自らふっかけておきながら、思わず身を反らして後悔する。
「妾が無理じゃと申したのは、第三者として、という意味じゃ! 仮に今回呪いを受けたのが妾自身であったのなら、その場で即刻打破しておるわ!!」
「……えっと、それはどうやって?」
 怒りに火が付いたたまものプレッシャーに圧倒されながら恐る恐る訊ねる俺に、彼女は立ち上がってテーブル越しに詰め寄り言う。
「簡単じゃ、呪いに流れ込む霊力、まあ妾は妖じゃから妖力じゃがな、それのみを一時的に遮断し、その上で強引に打ち破ってしまえばよい。如何に難攻不落な術式とて動力が枯渇したら唯の計算式、机上の空論に過ぎぬ。そんな呪い(もの)は爆薬のない爆弾が紙の鎖で括られているようなもの。どうにでも出来よう」
 たまもは更に俺の鼻先までその麗美な小顔で詰め寄って、
「で、お主にはそれが出来るのか? 局部的霊力の遮断! それが出来るなら、この問題は即刻解決、霊力の枯渇した呪いを妾が打ち破って終いじゃ。さあ、どうなのじゃ!?」
 眼前に迫る高圧的なたまもに俺が冷や汗混じりに「……すみませんでした」と謝ったのは言うまでもなかった。俺にはそうする為の知識も技術も備わってはいないし、その上意地悪い事を言ってしまった後悔があったわけだから致し方ない。何より単純に恐かった。
 俺の謝罪を聞いたたまもは、ふんっと鼻息を漏らすと、
「じゃろうな。それが出来るのならば、そもそも妾に縋りつく必要も無いのだからな。ってか何でそんな無知なのに、お主は費用対効果の頗る悪いカウンター型の呪いで生命の危機に陥るほど強大な霊力を持っておるんじゃ、まったく……」
 そう態とらしく愚痴を溢しながら俺の眼前より離れると再び椅子に腰かけた。
「まあ、そんな訳だから如何に偉大な妾の力をもってしても、その呪いを即刻安全に解くのは難しいというわけじゃ。因みに訊かれる前に答えておくが、現状でもその呪い、妾なら無理矢理打ち破る事は可能じゃ。もっともその場合、術式崩壊で生じる影響でお主がどうなるかは知らぬがな」
「術式崩壊の影響……ですか……」
「うむ、先程も申した通り、呪いは繊細な力の均衡で成り立っているからの。強引に剥がすなんて無茶をしたら間違いなく均衡は崩れ力が暴走する。お主の膨大な霊力を吸ったお主を三日で死に至らしめる程の力の暴走じゃ、ただでは済むまい。じゃからそうならんように霊力の局部減少をして、例え力の暴走が起こっても問題にならんようにする必要がある訳じゃしな」
 如何に阿呆と罵倒された俺であっても、流石にここまで言われれば現状打つ手無しだと理解出来る。だが、ほんの少し怖いもの見たさというか、一種の好奇心から一応たまもに訊いてみた。
「……仮に今……霊力の減少無し(この状態)で剥がしたら……どうなりますかね?……個人的見解でいいので教えてくれませんか?……」
 すると、たまもは人差し指を顎に当てながら二秒程考え、
「一概には言えんが―――少なくとも左腕は諦めなきゃならんだろうな、っていうか左腕だけで済めばもうけもの。妾の見立てでは七割方死ぬのではないかと思うのじゃが―――試してみるか?」
 平然と言うたまもに俺は全力で首を横に振って拒絶した。
 そして肩を落として思う。夢も希望もあったものでは無い、と。
 俺は自分で訊いておきながら、その結論に心底落胆していた。長々と話し合った結果、〝呪われて三日後に死ぬ〟に加え、〝呪いを無理に剥がして、術式崩壊による力の暴走で今死ぬ〟という不毛な選択肢が増えただけ。結局〝死ぬ〟という最初の結論から逃れる事が出来なかったのである。それは当然の帰結であった。
 俺はいよいよ己の死というものが現実味を帯びてきた事に言い知れぬ不安を覚えた。最初に宣告された時のような、ただ焦り困惑するのではない。一歩引いた位置から客観的に捉えているもう一人の自分が居て、動揺している筈なのに何処かで冷静なところがある、そんな妙な不安だった。
 たまもは兎も角として、俺が消沈した事で重苦しい空気がこの場に流れ会話がピタリと止まった。
 何も知らないこの店のウェイトレスはこの機を待っていたとばかりにやって来て、空き皿を片付けてもよいかと訊ねてきた。俺は小さく頷くので精一杯であったが、それでも充分通じたらしく、彼女は手際よく空き皿達を片付け始めた。
 見る見るうちに片付いていくテーブルを見ながら、身辺整理でも始めようかと思い始める俺。仕事を終えたウェイトレスが一礼して去っていく頃には、本気で遺書の書き方なんかを模索し始めていた。
「まだ万策尽きた訳ではない。落ち込むのは早いぞ」
 ウェイトレスが去り、再び二人きりになると俺の心情を察するようにたまもが声を掛けてきた。
 希望はまだ残されていると言われたわけだが、如何せん期待を持ち過ぎたが為、過度な失望を得てしまった直後である。もはや喜びを爆発させることなどはなかった。
「……その策って何ですか?」
 俺が弱々しくそう訊ねると、
「呪いをかけた妖を捕まえるのじゃ!」
 たまもは俺の消沈した姿を見て、景気付けにとでも思ったのかもしれない。力強くそう言った。
「……捕まえる?」
「そうじゃ、捕まえるのじゃ。呪いを掛けた本人ならば解除方法を知っておるはずじゃからな。取っ捕まえて解かせればよいのじゃよ」
 これは一つの光明というやつであるとは思う……しかし、
「でもどうやって?」
 そんな疑問が口をついて出たのは、俺がただ霊力があるだけの普通の人間だからであった。
「んなもん、ちょろいじゃろ」
 たまもは平然と行ってのける。
「そりゃあ、天下の白面金毛九尾様ならばそうなのかもしれませんけど……」
 何度も言うが俺はただ霊感が有るだけの男である。妖怪を捕まえる為のスキルなど持ち合わせていないのだ。そればかりか妖怪から身を守る術すらない俺は、初見で問答無用で呪ってくるような好戦的な奴に下手に近づいたりしたら返り討ちに遭うのが必至である。然るに呪いを解除して生存するどころか死を早める危険(リスク)の方が遥かに高いわけで、簡単に「はい、そうですね」とはいかないのだ。
 そんな尻込みする俺に小首を傾げてたまもが言った。
「ほへ? そこは何も心配はいらんじゃろ」
「なぬ?」
 俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。たまもの言葉の意味を全く以て理解出来なかったからだ。先にも述べた通り、妖怪確保の実現性が希薄なのは明白で、心配が無用になる論理(ロジック)など皆目検討もつかないのだからな。
 困惑している俺にたまもは尚も不思議そうな顔を浮かべ、
「いや、妾がおるではないか」
「!?」
 その瞬間、今度は奇異な言葉すら出なかった。
 数秒の後、俺は何とか言葉をひねり出す。
「協力してくれるんですか?」
「当然じゃろ」
 たまもは宝石みたいに光を乱反射させる綺麗な紅色の瞳で俺を見据えながら即答する。
 大妖怪白面金毛九尾が何処にでも居そうで三流っぽい一つ目妖怪の確保に協力してくれる。普通に考えれば願ってもない話である。それはもう歓喜に打ち震えて然るべきである。しかしながら、なまじ妖怪との付き合いに心得が有るばかりに、俺は大いに逡巡してしまうのだった。
「うおい! 何じゃ、その態度は! 妾の助力が不満なのか?」
 たまもは二つ返事で同意を得られるとでも思っていたのだろうか、不機嫌そうに片眉を吊り上げる。
「いや、そんなつもりは……」
「では何故じゃ? この白面金毛九尾たる妾が直々に手を貸そうと言うのじゃぞ。本来ならば泣いて懇願しても叶わぬような有難~い申し出じゃ。迷う要素など皆無じゃろ。何故お主は躊躇うのじゃ? アレか、阿呆なのか? お主は阿呆なのか?」
 大事な事なので二回言いました的なノリで阿呆を連呼せずとも、事の希少性は理解しているつもりである。だが幾ら希少だろうと、有り難かろうと、安易に頼めない事情が俺に有るとするならば、二の足だって踏むというものだ。
「むう? 妾の好意に二の足を踏む事情じゃと? 言うてみぃ。但しその事情とやらがくだらん事じゃったら承知せぬからな」
 語尾に僅かな威圧を伴ったたまもの問いに気圧されつつ控えめに答える。
「……実のところ見返りを支払えそうにないんですよ」
 妖怪相手に取引の類は無償で出来ない。たまもが言った事である。たまもの力を借りるには相応の対価を払う必要があり、実際に俺は呪いに関する情報を得るために、こうして今居る喫茶店で彼女に食事を提供するに至ったわけだ。であるならば、当然ここで一つ目妖怪捜索のためにたまもの協力を仰ぐには別途見返りを支払う必要があるという事。そして、それが問題なのだ。なぜならこの際のたまもへの謝礼が、俺の支払い能力を有に上回るであろうからだ。なにせ既に呪いに関する情報提供の見返りだけで俺の財布の中身が消し飛びそうである。(無論まだ支払いを済ませたわけではないので明確な出費額は確定してはいないのだが、たまもがしこたま食い漁った品の数々を見た限り、目算でもその合計金額が俺の財布に壊滅的大打撃を負わすのは明白である。)ただ単に一つ目妖怪の呪いに関する見解を伺うだけでこうなのだから、実行動を伴う直接的な協力要請の見返りは果たして如何程のものか。考えただけで身の毛がよだつ。俺が躊躇いを懐くのは至極当然と言うものだ。
 とは言え、こうした俺の切実な心配事が、不機嫌を匂わせている御狐様が言うところの『くだらない事』に該当しないとは言いきれない。今までの経緯を見る限り、この御狐様ときたら度々理不尽に我を通そうとするところがあるからな。
 てなわけで、更なる不満をぶつけられないかと不安を懐きながら固唾を呑んで様子を注視していると、
「くっくふっ、かっかっかっ!」
 突然たまもは腹を抱えながら高笑いを始めた。予想外の出来事に俺は唖然とする。
「なんじゃ、そんな事か」
  笑い過ぎで目尻に涙まで滲ませたたまもが息を切らしながらそう言った。
 そんな事とはぞんざいな。大妖怪に借りを作る事の意味を理解しての結論である。それに、そもそも「妖怪の力をタダで借りられると思うなよ」的忠告をしてきたのは他ならぬたまもの方なのだからな。
「ありゃ、そうだったかの?」
 たまもは大袈裟に首を傾げてすっ惚ける。
 おい、今我々が喫茶店(ここ)にいる意味を全否定するつもりか? いやまあ、俺としてはこの馬鹿みたいに長くなった注文伝票の支払いをせずに済むのなら、一向にそれでも構わないわけだがな。
「ふあっ!? そうじゃった! そうじゃった! ちゃっ、ちゃんと覚えておるよ、うむ」
 両手をバタバタさせて自身の発言を訂正するたまも。現金な奴である。もしかしてタダ飯にありつきたかっただけじゃなかろうか、この雌狐は。
 俺が呆れていると、街頭演説で力説する政治家のように拳を突き上げたたまもが無駄に力強い口調で、
「要するにじゃ! それはそれ、これはこれ、今回は見返りなんぞ要らぬっつうわけじゃよ。白面金毛九尾たる妾はちゃんと節度というものを弁えているからのう。お主のような小僧相手に不相応で莫大な見返りを求めよう等と低俗な真似はせぬ。それにじゃ、こんな面白そ……卑劣な行いをする妖は妖全体の評判に関わる故、放ってはおけぬしな。此方の都合もある故、サービスじゃよ、サービス」
 おい今、失言がなかったか? 面白そうって言いかけなかったか? それっぽい理由を列挙しているが、結局は娯楽か? 娯楽として関わろうとしているのか?
「と、とにかく無料じゃ! 無料! 今ならこの妾の助力が無料で得られるのじゃ! うん、お得! ラッキー! こりゃあ、肖るしかないね、そう思うじゃろ、主よ?」
 俺の疑念をかき消すように、たまもは早口でそうまくし立てる。その行動はより一層疑念をいだかせるものだった―――が、
「まあ……そうッスねぇ……」
 俺は逡巡しながらも同意するのだった。正直、旨すぎる話と事の経緯から懐疑心を駆り立てられる思いだったのは否めない。しかしながら俺には現状でたまも以外に頼れる人も物も無い。その上、制限時間付きで自分の命が懸かっているときては、四の五の言って選り好みしている余裕も猶予も無いというものだ。
 そんな俺の葛藤を他所に、たまもは晴れやかにガッツポーズをみせながら、
「よーし、決まりじゃな!」と喜々として喜んでいた。
 まったく、調子が狂う。俺にとっては生死に関わる重要事項なのに、清々しい程に緊張感の欠片もないような態度を見せられているのだからな。そもそも本来であれば、立場的にこの状況を喜ぶべきは俺の方の筈である。その俺を差し置いて、なんでたまもの方が歓喜の声を上げているのやら。
 だが、まあいいさ。ともあれ白面金毛九尾の狐と言う超が突く程の強力な助っ人を得た事には変わりない。それは少なくとも俺に呪いをかけやがった憎き一つ目妖怪を捕まえるという点においてはプラス要因に他ならないからな。生命の危機回避という最優先事項を果たす為には、俺の感情における蟠りなんてものは瑣末な問題でしかないのだ。
 つーわけで、俺はご機嫌なたまもに対し野暮な愚痴をこぼす代わりに言ったのだった。
「よろしくお願いします」と。
 かくして経緯はどうあれ俺は自身に呪いをかけた一つ目妖怪を捕まえるため、白面金毛九尾たまもの協力を得る事になったのであった―――――

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五尾

きつねのかがりび(仮)

 俺は「では早速これから学校に向かいましょう」と言って立ち上がった。俺に呪いを掛けた憎っくき一つ目妖怪を捕まえるため、白面金毛九尾たまもの助力を確約させてから程なくしての事だ。
 俺の命はあと三日、あまりにも残された時間が少ない。やる事が決まり、その実行に目処がたったのならば行動あるのみである。こんな呪い(もの)は早急に取り除くのが賢明だ。幸いにして今から学校に向かえば、どうにか最終下校時刻前には辿り着けそうである。学校への出入りが自由なうちに事に取り掛かれるというものだ。(まあ例え間に合わず閉鎖されていたとて、校門をよじ登ってでも侵入するまでだが。)要するに差し当たり弊害は無いのである。俺の未来が掛かっているのに、やらない理由が何処にあろうか。
 しかしながら、そんな逸る気持ちの俺をたまもが穏やかな口調で制止する。
「まあ待て、落ち着くのじゃ」
 たまもは俺とは対照的に椅子にゆったりと座ったままだった。
 出鼻をくじかれる格好となり俺は些か困惑した。
「俺、何かおかしな事言ってますか? 目的は一つ目妖怪を捕まえる事で残された時間は僅か。この状況で現場に向かうのは至極真っ当に思えますが」
 訊ねる俺にたまもは「これだからトーシロは」と呆れた様子で古臭い死語を混じえて答えた。
「だったら、そのトーシロにも解るように説明してくださいよ」
 素人たる俺はそう返した。
「えーとじゃな……」
 たまもはキョロキョロと辺りを見回すと、店の壁にかけられた古めかしくも洒落た感じの振り子時計を見つけて指をさす。
「時刻を見よ、間もなく日暮れじゃ」
 振り子時計の針は確かにそんな時刻を指していた―――が、それがとうしたというのだ? 既に俺は、そんな事は承知している。その上で時間的節約のために早急な行動を進言したのである。
「うむ、時間が惜しいのは解るし、迅速な行動を望むのも解るよ。じゃがな、今大事なのは確実性なのじゃよ」
「確実性?」
 たまもは「そうじゃ」と頷く。「お主は時間が限れれている事から一つ目を捕まえるチャンスが少ないと思っておるようじゃが、それは間違いなのじゃよ。今回の場合、厳密には少ないのではなく、ほぼ一度しかないとみるべきなのじゃ」
「え、ワンチャンスって……それは一体どういう事で?」
「二度目はないからじゃよ。一度捉えようとして万が一取り逃がした場合、その一つ目の妖は当然の如く警戒心を強めるじゃろうて。そうなれば、奴は妾たちから距離を取って接近を許さなくなる。残り時間の少なさを考慮すると、そんな奴相手に再び遭遇するのは極めて困難と言える」
「だから、最初のチャンスで失敗は許されない、チャンスは一度きりと」
「うむ。じゃから最初のチャンスでしくじらぬように最大限注意せねばならぬのじゃ」
 俺は腕を組んで暫し考え込む。いまいち理解が及ばなかったのだ。
「言いたいことは解るんですが……それと今から行動に移すのを待つ事がどう繋がるんですか? 確実性と関係ないように思えるのですが。それに一つ目妖怪がいつまでも学校に留まっていてくれるとは限らないでしょ。だとしたら追跡が遅れると、そもそもファーストチャンスまで漕ぎ着けなくなる恐れが高まりませんかね」
 今度はたまもの方が腕組みをしながら眉間を寄せ目を閉じた。
「お主はアレじゃな……基本阿呆じゃが時たま鋭いよの……」
 褒められているんだか貶されているんだか分からない物言いであった。なんとも反応に苦慮してしまう。
 そんな俺を余所に、たまもは再びその煌めく紅色の瞳を覗かせて言った。
「まず一つ目がお主が襲われた場所の付近に留まっておらず何処かへ行ってしまっている可能性についてじゃが……それは考えるだけ無駄じゃ」
 何を言っているのか解らなかった。チャンスは一度とまで公言する程の難題の、その一度目が無くなりかねない問題である。無駄と言えるほど、瑣末でもなかろうに。
「さすがに無駄って事はないんじゃ……」
 するとたまもは改まった顔でテーブルのグラスに目を落とした。
「無駄なんじゃよ。その場合、お主はすべてを諦めねばならんからの……さすがに今から残り三日で何処へともなく遠くに消えた妖を見つけ出すのは、妾をもってしても時が足りぬというものじゃ。んな最悪な事態は考えるだけ無駄じゃろ?」
 俺は愕然としてたまもの顔を見つめた。
「そういう事は先に言ってくださいよ。だったら尚の事、急いで学校に戻らないと!」
「いや、じゃから今更遅いと言っておるじゃろ。それにそう心配せずとも平気じゃよ。お主のような極上の獲物を狩れる場所をそう安々と捨てるとも思えぬ。十中八九その一つ目はお主が襲われた場所の近辺にいるじゃろうて」
「しかし、万が一という場合が……」
「じゃから大丈夫じゃて。そんな事よりも確実性の話じゃ」
 俺の万が一がしれっとそんな事扱いで済まされた。不本意極まりない事だ。だが、既にそんな事扱いとして処理したたまもがそれを気に留める道理はないのだろう。彼女は構わずに話を進める。
「妾、チャンスを潰さないためには不測の事態をなるたけ起こさないようにするのが重要だと思うのじゃよ」
 たまもは得意げに右手人差し指を突き立てていた。
「――で、間もなく日暮れなわけじゃ。つまりは直に夜が訪れるという事。夜は妖の時間じゃ。辺りが闇に包まれれば妖共は皆活発に動き出す。中にはたちの悪い奴もおるじゃろう。特に街中とは言え学校なんて怪異的にベタな場所にはな。そんな連中の邪魔が入るのは事じゃと思わんか? いや、思うとも」
 完全に万が一の可能性はなかった事にされているわけだが―――。
「うぅ……確かに」
 俺は苦虫を噛んだかのように悶ながらも納得するしかなかった。幼い頃から妖怪、怪異に悩まされてきた俺は、たまもの言い分を否が応でも理解できてしまうからだ。そして、それが今となっては先程の万が一の可能性より優先されるべきであろう事も。可能性の著しく低い事に固執して、そこそこ有る可能性を手放すのは愚の骨頂に他ならず、助かる為には避けねばならない事である。
「じゃろう!」とたまもが思わず魅入ってしまいそうになるような満面の笑みというやつを見せて声を上げた。「そういうわけじゃから、今日のところは逸る気持ちをグッと堪えてじゃな、明日、邪魔の入らぬ昼間に一つ目を捕まえようではないか、とそういう事じゃ」
 俺は少しだけ逡巡してから観念するように言った。
「わかりました、それでお願いします」

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